宵の朔に-主さまの気まぐれ-
百鬼夜行から戻って来ると、風呂に入りに行く前に部屋に来て様子を見に来ることが多い――

朔の行動をおおよそ知っている凶姫は、目が見えない分聴力が発達したため、足音で誰か分かる。

朔の物静かな足音が近づいてくると布団を被り、寝たふりをした。

音を立てないように襖が開き、音も立てずに近付いてきた朔は、こちらの顔を覗き込んできて頬に触れてきた。


絶対に動いてはならない――

意地でもそう決めていた凶姫は、不自然にならないように触られた時寝がえりを打って朔に背中を向けた。

すると朔が離れて行き、部屋から完全に足音が遠のくと、息を止めていた凶姫はがばっと起き上がって何度も深呼吸をした。


「私…大丈夫かしら…」


心眼を使って朔の顔を見る――

眼球を奪われたこの目は見えないけれど、閉じていても心眼を使えば分かる。


――しばらく時を置いた後、凶姫は部屋をそっと出て雪男や柚葉たちを避けながら朔の部屋に向かった。

風呂に入った後は必ずすぐ寝るはず。

辺りを見回して誰も見ていないことを確認すると、凶姫は朔の部屋の障子をそっと開けて中に入った。


…寝息が聞こえる。

枕元にそっと座った凶姫は、両手で瞼を押さえて心眼の術を発動させた。

この先数分は完全に目が見えている時の状態に戻れる。


しばらく座っていると、だんだん真っ暗だった視界がぼやけてきて、鮮明な部屋の様子が見えてきた。


大きな本棚には沢山の本が。

視線を下ろすと、そこには――はじめて見る男がすやすやと寝ていた。

その男の端正な顔たるや。

緩やかに上がった眉…

まつ毛は驚くほど長く、鼻梁はすっきり整っていて、少し開いた唇はまるでこちらを誘っているかのように見えた。


「月…なの…?」


さらさらの黒髪に触れた。

畳に投げられた大きな手に触れた。


この男だ。

この男が、朔に間違いない。


想像を超えるこの美貌の男が朔だとは――

凶姫の魂は悲鳴を上げるように燃え上がり、長い指に指を絡めた。


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