宵の朔に-主さまの気まぐれ-
突然視界が真っ暗になり、心眼の術の効果が終わったと同時に凶姫は床に身体を投げ打って倒れ込んだ。

息は上がり、冷や汗が全身から噴き出て震えている凶姫を抱き起した朔は、あまりにも突然に体調を崩したことに驚きを隠せず顔を覗き込んだ。


「これが…反動というやつなのか?」


「そう、よ…。数日は…ほとんど…動けなくなるの…」


「どうしてそんな危険な術を使おうと思ったんだ?」


「あなたの…顔を…見てみたかったから」


――一気に愛情が沸き上がる。

そんなにまでして自分の顔を見ようとして、受け入れる覚悟を決めてくれた凶姫は絶対に離さない――


「雪男!お祖父様を呼んでくれ!」


ぐったりした凶姫の身体に羽織をかけて抱き上げて部屋から出た朔は、珍しく大きな声を聞いて驚いて駆け付けた雪男にそう命じると、凶姫の部屋に連れて行って横たえさせた。

そしてこちらも驚いて駆け付けた柚葉が真っ白な顔の凶姫に動揺して枕元に座ると、手を取って呼びかけた。


「姫様?ど、どうしたんですか?」


「心眼を使ったんだ。しばらくは寝込むと聞いた。柚葉、俺の居ない間頼む」


「は、はい」


心眼を使った――?

"渡り”がはじめて現れた時でさえ使わなかった術を使ってまで何を見ようとしたのか――冷静ではない頭でもそれはすぐに理解できた。


「姫様…主さまの顔を見たかったんですね…?」


気を失ったのか返事はなかったが、そうであるに違いない。


朔の顔を見たとなれば、絶対に好きになってしまうに違いないだろう。

嫉妬心が競り上がってきた柚葉は、心配そうにしている朔の顔を見たくなくて立ち上がると部屋から出ようとした。


「柚葉?」


「主さまが傍に居て差し上げた方が姫様も喜びます」


「そういうことじゃないだろう。お前は姉妹のように過ごしたんじゃないのか。心配じゃないのか?」


やんわり責められて、お門違いに傷つく。


あなたは…姫様のことが好きなのね。

そして姫様もまた…。


「…氷水を持ってきます」


逃げるように部屋から飛び出す。

何もかもから、逃げたかった。
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