宵の朔に-主さまの気まぐれ-
また柚葉につれなくされて若干ふくれっ面になった朔だったが、今は凶姫の容態の方が心配だった。

熱は高く、冷や汗が全身から噴き出ていて意識も明確ではなく、悪寒に襲われているのか震えていて見ているだけでつらい。

柚葉が替えの浴衣を大量に枕元に用意してくれていたため、朔はそれを手に凶姫の上体を起こした。


「まずはその汗を拭いて着替えよう。見るけど怒るなよ」


「………ん…」


返事なのかうなされているのか定かではなかったが、帯を解いて脱がせると、全身汗に濡れていてこれでは悪化するばかりだと思った朔は、手早く手拭いで身体を拭いてやると、邪心一切なく素早く浴衣を着せて水差しを口に運んでやった。


「このままじゃ脱水する。少しでいいから飲んで」


口が僅かに開き、少しだけ水を飲むと喉に痞えて咳き込んだ。

背中を摩ってやり、収まった後横たえさせて様子を見守っていたが――途中雪男がやって来て怒られた。


「主さま、少し寝ないと駄目だぞ。後は俺とか山姫とか柚葉が見るからさ」


「…ん、頼んだ」


百鬼夜行とは一睡も寝ずにできるものではない。

やろうと思えばできるが仲間の命をこの双肩に背負い、命のやりとりをする気の抜けない家業をおそろかにするのは主として絶対にやってはいけないことだ。


「主さま、柚葉がつらそうにしてた。あの娘はここから早く出してやった方がいいかもしれないぜ」


「…それは本人から聞いた。今は待ってもらっている。少し寝るから昼頃起こしに来てくれ」


「了解」


朔が部屋から去ると同時にそれを待っていたかのように柚葉がやって来ると、雪男は苦笑して身体をずらして部屋の中に入れてやった。


「主さまを避けてるのか?」


「今はお会いしたくないだけです。姫様…」


心底から心配している声。

せめてこのふたりの仲が壊れぬよう祈りながら、雪男は気を利かせて部屋を後にした。
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