宵の朔に-主さまの気まぐれ-
その夜、凶姫は目を覚ました。

まだ夢現ながらも、手に温もりを感じて視線を下げると――手を握ったまま柚葉が寝ていた。

金縛りに遭ったかのように身体が動かなかったため、引きつる喉をなんとか動かして、呼んでみた。


「ゆず、は…」


「!姫様…良かった、目が覚めたんですね?どこか痛くないですか?」


「なんか…全身痛いわ…」


「心眼なんか使ったからですよ。はいこれ林檎です。少しお腹に入れて下さい」


口元に持ってきてくれた林檎を口にするとそれは例えようもなく美味しく、凶姫の顔が綻んで柚葉を安心させた。


「柚葉…私ね…月の顔を見たの」


「…ええ知ってますよ。ふふ、男前だったでしょう?」


「あんないい男…見たことない…」


胸が軋んで凶姫から目を逸らすと、握られたままの手に凶姫ができる限り力を込めて柚葉を振り向かせた。


「柚葉…私…月のことが…好きよ」


「…ええ…」


「あなたもでしょ…?私…あなたと喧嘩したくないわ。これからもずっと仲良くしてもらいたいの。でも…難しいんでしょう?私は…どうしたらいいの…?」


――単刀直入に聞いてきた凶姫の目は潤み、柚葉もまた目を潤ませながら鼻声で悲痛な胸の内を吐露した。


「…あの方はとてもじゃないけれど私には手の届かない方ですよ。想いを打ち明けることもありません。けれど姫様、あなたは…求められているのでしょう?」


「……」


凶姫が言葉に詰まっているのを肯定と読んだ柚葉は、気高くも美しい凶姫と朔が共に肩を並べている姿を想像して、嫉妬どころか憧れに似た感情を抱いて微笑んだ。


「私は逃げ出しますが、姫様との友情は永遠ですよ。遊びに来ますし、遊びに来て下さい」


「待って柚葉。私は別に月のお嫁さんになるわけじゃ…」


「いいえ、なりますよ絶対に。主さまが離しませんとも」


柚葉はまだ体調の戻らない凶姫の手を何度も摩った。

何度も、何度も――

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