宵の朔に-主さまの気まぐれ-
凶姫と話してみた結果、わだかまりは存在しなかった。

自分にとって凶姫は憧れ。

気高く優しく、可愛らしく、矜持は高いけれど決して見下りたりはしない――そんな凶姫と仲良くなれたのだから、嫌いになれるわけがなかった。


「少しすっきりしました。浴衣を着替えたらもうひと眠りして下さいね」


「ええ。ありがとう柚葉」


柚葉に手伝ってもらいながら着替えを終えて横たわると、睡魔が一気にやってきてすぐ眠ってしまった。

予想以上に心身共に消耗が激しく、それから明け方まで起きることがなかった凶姫の見舞いにやって来た朔は、顔色がだいぶ戻ってきた様子にほっとして枕元に座った。


「柚葉だな」


枕元には様々な果実や果汁を絞った飲み物や氷枕などが凶姫の手の届く場所に置かれてあり、手厚い看病に感謝しつつ頬に触れると、温もりが伝わってきた。


「ん………月…?」


「起こしてしまったか。柚葉が良くしてくれたみたいだな」


「そうなの。月…柚葉を嫌いにならないでね」


唐突にそう言われて苦笑した朔は、畳にごろんと寝転がって天井を見ながらそれを否定した。


「嫌いになんかならない。柚葉は俺にとって命の恩人とも言えるべき存在だからな」


「女としては…どう…?」


「女?…ああ…そうだな…可愛いと思う」


「抱きたい…って思う…?」


「抱く?それはないな。抱きたいって思うのはお前だけ」


計らずも予期せぬ答えに凶姫の顔が赤くなると、朔は床に潜り込んでその頬をむにっと引っ張った。


「そういう反応されると照れるんだけど」


「あなたまさか病人に手を出そうとしてるんじゃないでしょうね?」


「まさか。全力で看病するつもりだけど」


「看病って…間に合ってるわよ」


「ちなみに着替えはもうさせた。昨日あんなに隠してたのに無駄になったな」


「!見たの!?」


「うん、くまなく」


――その後朔は力の限り凶姫にこってり怒られたのだが…笑みを噛み殺すのに必死で話を半分も聞いていなかったことは内緒にしておいた。
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