宵の朔に-主さまの気まぐれ-
輝く夜の月に
「主さま、凶姫の容態はどうだ?」


「とりあえずは耐えた。お祖父様の薬がよく効いていて、しばらくは目を覚まさないが心配ないらしい」


真っ白な顔で眠っている凶姫の枕元で深く息をついた朔の疲労は濃く、雪男は持ってきた滋養強壮の薬草を溶かした茶を朔に差し出して隣に座った。


「突然だったな。まさか主さまの結界が破られるとは」


「…あの結界は対妖用だったんだ。"渡り”が入ってくることは想定していなかった俺が悪い。新たに張り直す」


「今は休んでほしい。百鬼夜行から戻って来て寝てないだろ。凶姫が心配ならここに床を敷いてやる」


「そうしてくれ。隅の方でいい」


茶を一気の飲んでなおもつらそうな朔の様子に、雪男はかつて朔のひとつ年下の弟が若くして出て行ったことを思い出した。

あの時も朔はこんな風に痛めつけられたような顔をして、しばらく気落ちして浮上しなかった。


「主さま…輝夜(かぐや)の時のことを思い出すな」


「ああ…そうだな。…輝夜が居てくれたならどんなに心強いか」


床を敷いてやりながら雪男は苦笑気味に朔を詰った。


「なんだよ俺じゃ力不足だって言いたいのか?」


「そうじゃない。…輝夜は俺と同じ目線で対等に肩を並べてくれるから、分かち合えるものがお前より多いっていうだけだ」


「そうだな、あいつ何やってるんだろうな。氷輪が生まれた時帰ってくるって約束してたのにな」


「…輝夜…」


雪男は朔の脇に腕を入れて無理矢理立たせると、部屋の隅に敷いた床に誘導した。


「今から俺と柚葉が凶姫を見るから主さまは寝ろ。晴明も常駐するって言ってたから心配しないでいい」


「…ん」


寝れるわけがない。

だがこのまま駄々をこねていると雪男に悪い。


身体を横たえた朔は、うつ伏せに寝かされている凶姫の横顔を見つめた。


自分の命を狙いにやって来る、と言っていたあの女。

そろそろ百鬼の皆にもちゃんと説明をしなければならない。


色々考えているうちにいつの間にか寝てしまった朔を肩越しに振り返った雪男は、薬草と共に茶に混ぜた睡眠剤の効果が効いたことにほっとして息をつく。


「輝夜…お前の兄ちゃんが呼んでるぞ」


――違う世界から、ふと顔を上げた男が居た。


「声が…」


聞こえた気がする。


最愛の兄が自分を呼ぶ声が。
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