宵の朔に-主さまの気まぐれ-

逆巻く愛憎

高熱に浮かされながら、夢現に何度も目が覚めて、その度に柚葉や朔が傍に居てくれて独りではない、と声を詰まらせた。


――家族を惨殺されて、集落から村八分の目に遭って、挙句の果てに遊郭に売られて、見知らぬ男たちに抱かれて――

そんなつらい人生においても、幸せな時はあった。

幼い頃から舞いだけは得意で、豪商の出だったため高水準の教育も受けた。

おかげで矜持は高く、同い年の友は居なかったが――今なら、居る。


「ゆず、は…」


「姫様…良かった…。お加減はいかがですか?」


名を呼ぶと心底ほっとした笑みを見せてくれた柚葉に、凶姫は痛みに笑みを引きつらせながらも柚葉が伸ばした手をなんとか握った。


「私…どうなったの…?」


「襲われたんです。覚えていませんか?」




……女に襲われた。

あの女…"渡り”がはじめて目の前に現れた時、傍に居た女だ。


あの時凌辱された自分に"ごめんなさい”と謝った女が何故自分を襲いに来たのだろうか?


「少しだけど、覚えてる…。あの女は…"渡り”と一緒に居た女よ」


「そうですか…。主さまが戻って来たら説明してあげて下さい。とても心配されていましたよ。後ろ髪引かれる思いで百鬼夜行に…」


「私はどの位眠っていたの…?」


「今日で三日目です。こうして会話ができるようになったのは今日がはじめてですよ」


まだ起き上がれない。

右肩は火が付いたように疼き、痛み、うめき声を上げさせた。


「!晴明様を呼んできますからじっとしていて下さいね」


柚葉が慌てて部屋を飛び出す。

何とかあたりを見回すと――部屋の隅に一組の床が敷かれているのを見て、柚葉か朔が傍にずっと居てくれているのだと思うと安心して、息をつく。


もう独りじゃない。

もう独りは――いやだ。
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