宵の朔に-主さまの気まぐれ-
百鬼夜行から急いで戻って来た朔は、刀を持ったまま凶姫の部屋に急いで行くと、目を覚まして柚葉と話しているのを見てほっと息を吐いた。


「この気配…月?お帰りなさい」


その"お帰りなさい”に何故かどきっとした朔は、小さく咳払いをしてにやついている雪男の胸元に刀を押し付けて枕元に座った。


「目が覚めたか。傷はどうだ?」


「痛いに決まってるでしょ。ものすごく痛くて動けないんだから」


「お祖父様の話ではもう肉の芽が盛り上がってるから時期に穴は塞がるだろうって言ってた。…凶姫、あの女の話をしてくれ」


凶姫はうつ伏せのまま見た光景そのままを朔に伝えた。


「"渡り”と一緒に居た女よ。はじめて話した時は情がある感じだったけれど…次に現れた時は敵意むき出しで私を見ていたわ。本当に…殺されるかと思った」


「そうか…。俺の結界が破られてしまったばかりに負わなくていい傷をつけてしまった。もし跡でも残ったら…」


「もし跡でも残ったら、この傷含めて私を愛してくれる男を探すから平気よ」


…まるで自分は除外されている、と言わんばかりの凶姫にむっとした朔は、雪男と柚葉に目配せをして部屋から退出してもらうと、身を乗り出して傷口を見た。


「俺はそれに含まれてないみたいな言い方だけど」


「月は私を嫁に貰ってくれるというわけ?こんな何もかも汚れた女なんか相手にしない方がいいわよ。私がその気になったらどうするのよ」


小さく笑いながらさも冗談だとまたもや言わんばかりの凶姫に、朔がにっこり微笑んだ。


「俺は欲しいものは必ず手に入れる。今までそうしてきたし、誰も俺に指図できない」


「あなたに目をつけられたら苦労するわね。可哀そうに」


――お前がその"可哀そうな女”なんだけど、と内心笑いつつ、怒らせて傷口が開かないように黙っていた朔は、心の底から呆れていた。


抱かれてもいいと言ったくせに、今日は自分は未来の夫として対象外だという口ぶり。


「気まぐれだな、お前は」


「あなたの方が気まぐれでしょ。私を抱こうなんて正気じゃないわ」


気まぐれ同士、ため息。
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