宵の朔に-主さまの気まぐれ-
その日から凶姫は無理にでも食事を摂るようになった。

何か口にすれば、口にしない時よりも格段に傷の治りは速くなる。

この屋敷へ来てから毎日出される食事に舌鼓を打っていたため、食べるのが当然になっていた凶姫は、柚葉に身体を起こしてもらって傷の痛みに耐えながら自ら水粥を口にしていた。


「姫様どうしたんですか?食事を摂って下さるのは嬉しいんですけど」


「食べないと良くならないでしょう?だから食べるの。もりもり食べるわ。沢山持ってきて」


柚葉が嬉しそうに笑って台所に向かうと、そこには先客が居た。


「あ、柚葉ちゃん。姫ちゃんが襲われたって聞いて来たの」


「息吹さん!もう目が覚めたから大丈夫だと思います。ふふ、姫様沢山食べたいって我が儘言い出したんですよ」


柚葉も凶姫も元は豪商の娘。

柚葉とて姫には違いないが、本人はそう呼ばれるのを嫌がるため、にこっと笑って持参した鳥をさばき始めた。


「滋養のためにはお肉がいいからこれで何か一緒に作ろっか」


「はいっ」


台所できゃっきゃと黄色い声が上がったため、雪男と朔が様子を見に行くと、すぐ息吹が気付いて朔の腕をぺしっと叩いた。


「朔ちゃん、もっと早く言ってくれないと。父様は気付いてたみたいだけど、主は朔ちゃんだからって言って朔ちゃんが声を上げない限りは行かないって駄々こねたんだよ」


「そうだろうと思いました。傷が深かったので意識が戻るまでは知らせない方がいいかと思って」


「後で会いに行ってもいい?」


「はい、会ってやって下さい」


息吹はすぐ朔の小さな異変に気付いた。


「朔ちゃん、後でちょっとお話したいんだけどいい?」


「?はい」


いよいよか?

わくわくしながら柚葉と料理に勤しんだ。
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