宵の朔に-主さまの気まぐれ-
秘湯と呼んでいる温泉は幽玄町から意外と近くにあった。

ただ上空から見ても湯気が上がったりしないため分かりにくく、朔も偶然見つけたため雪男以外誰にも言わず時々息抜きに訪れていた。


「着いた。これ湯着。俺は着ないけど」


「!あなたも一応着なさいよ…」


「でも見る奴なんか居ないし」


「気持ちの問題よ!絶対着なさいよね」


怒られて仕方なく朔も白い湯着に着替えると、心許なさそうに胸元を押さえている凶姫の手を引いてごつごつした岩場をゆっくり歩く。


「すごい匂いね。熱いの?」


「そこそこ熱いけど場所によっては温い所もあるからそっちに行こう」


大きさとしてはそんなに大きくはないが、小さな滝のような所から湯が流れ落ちていて情緒がある。

まず朔が先に入り、凶姫の手を引いて中に入らせると、足場がぬかるんでいてよろめいたためまた抱き上げて湯の温い方へと移動した。


「温泉なんて久々だわ。楽しみ」


「気に入ったら毎日湯治に連れて来てやる。座るぞ」


ゆっくり足を折って温泉に浸かると、その心地よさに凶姫が吐息をついた。

湯着は濡れて身体に張り付き、その曲線美に見惚れつつ、凶姫を膝に乗せたまま岩場にもたれ掛かって朔もその心地よさに目を閉じた。


「気持ちいいな」


「ええ本当に。月、連れて来てくれてありがとう。傷にも沁みないし、私に合ってるみたい」


「ん、それは良かった」


朔の肩に掴まりながらもう片方の手で湯を救って遊んでいる凶姫の胸元がちょうど朔の目線にあり、湯に濡れてもうあまり意味はなかったが、見えそうで見えないのが朔の感情を煽った。


「傷、残ると思う?」


「深手だったから残るかもしれないな。だからその時は俺が責任を…」


「冗談言わないで。私は真面目に聞いてるんだから」


むっとした。

何故冗談と決めつけるのか?


――朔の爆発が近付いていた。
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