宵の朔に-主さまの気まぐれ-
それから朔の沈黙が続いた。

いつもなら話しかけるとすぐ答えてくれるのに、それっきりずっと黙っている。

まずいことを言ってしまったか、と不安に陥ってそわそわし始めた凶姫だったが、それでも朔は何も言わず、纏う空気も穏やかなものではなくなっていた。


「月…?」


「…」


「怒ってる…の…?」


「……」


「な…何よ…私なにかいけないことを言った?」


応えてくれない。

いつもは構いすぎるほど構ってくるくせに――目が見えない分相手の雰囲気を察知したり聴力が発達している凶姫は、全てにおいて朔が変わってしまったことに動揺を隠し切れなかった。


「月……」


「…冗談と決めつける根拠は?」


「え…?ああ…さっきの?だって…だってあなた…百鬼夜行の主じゃない。然るべき家から然るべき姫を迎えて血統を繋いでいくのが使命でしょう?こんな…遊郭に居たような女に夢を見させるようなことはやめて、って言ってるのよ」


「冗談じゃない。お前に冗談なんか言ったことない」


「え…ちょ…ちょっと待って…あなた…私のこと…好きなの…?」


「前にも言ったことあると思うけど」


「はっきり言われたわけじゃないわ。冗談まじりに…」


「冗談なんか混じってない。そんなに聞きたいなら言ってやろうか?今ここで」


朔が凶姫の腰をぐっと抱いて引き寄せると、耳元で熱い吐息と共に囁いた。


「好きだ。お前が好きだ。とても、好きだ」


「…!月…!や、やめて…耳元でそんなこと…っ」


「好きだ。お前を嫁にしたい。だから…応えてくれ」


…嫁に。

真剣な声色に冗談の色はなく、魂からの告白に凶姫の魂も共鳴してぞくりと身体を震わせた。


「私…私は……」


私も、好き。


――自分自身に正直にならなければ。

この人が呆れて離れていかないように。


「良かった…」


頬に触れる指。

近付く唇。

重なる唇。


想いは、ひとつとなる。

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