宵の朔に-主さまの気まぐれ-
逆上せそうになった。

それもこれも朔があちこち触るせいで、凶姫は何度も力なく朔の胸を押して息も絶え絶えに懇願していた。


「月、お願い…!もう…」


「もう…なに?」


「おかしくなっちゃうから…お願い、やめて…」


「そんなか弱い抵抗で俺を止められるとでも?」


朔の唇がかすめるようにあちこち触れて、ぐったりなってしまうとさすがに触るのをやめて耳元で囁いた。


「で?俺が好きなら今すぐ抱かれてもいいというわけだな?」


「ち、違うわよ!あなたが“渡り”を始末するまでは…駄目…」


「…ちょっと言ってる意味が分からないんだけど」


「だから!私はあいつが生きている限り心休まることがないの。だから月、お願い」


ーー朔とて今すぐにここで…とは思っていなかったが、いつやって来るか分からない敵を待たなければいけないのか?


その不満が如実に現れると、凶姫がすぐに察知して胸元を隠しながら軽く朔の頭を叩いた。


「どこに居るかも分からないのに?」


「そうよ。でも必ずやって来る。また私を…」


逆上せからではなく恐怖から身震いした凶姫を強く抱きしめた朔は、小さく息をついて背中を撫でた。


「もうあんな目には遭わせない。俺を信じてくれ」


「信じてるから…」


鼻を鳴らした凶姫に着替えと手拭いを渡した朔は、自身も着替えながら、想いが通じただけで良しとすることにした。


…今まで誰かひとりを強く欲したことなどなかった。

だが、欲した。

欲して、得た。


「いや、まだ正式には得てないか…」


自然と笑みが湧く。

凶姫の憂いは全て取り除く。

そして真に得る。

その日までに、さらに強くなりたいと願った。
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