宵の朔に-主さまの気まぐれ-
色々な意味で凶姫を疲れさせてしまったため、屋敷に戻るとまず床に入らせて居間に戻った朔は、背後から突然雪男の首根っこを掴んだ。


「お!?な、なんだよどうした?」


「話がある。ちょっと来い」


朔が凶姫と外出していたことは本人から聞いていたため、何事かと思いながら朔の部屋に連れ込まれた雪男は、ふたりに一体何があったのかと少し不安になった。

それもこれも、朔が難しい顔をしていたからだ。


「なんかあったのか?まさか…追手でも…」


「違う。…まあ座れ」


深すぎるため息をついた朔に思わず正座した雪男は、身を乗り出して朔が口を開くのを待っていた。

それは数分かかり、息を詰めて朔を見つめていると…


「…嫁に来てくれ、と話した」


「…はっ?え…ど…どっち…」


「凶姫に決まっているだろうが」


動揺して訳の分からないことを口走ってしまった雪男は、大声で叫びそうになって両手で口を押さえると、目を真ん丸にして朔を凝視する。


「え…それで返事は…」


「…一応了承は得た」


「やった!」


押し殺した声で拳を握る雪男とは対照的に、朔の不機嫌そうな顔は変わらない。

膝が触れそうな位置まで身を乗り出した雪男は、ようやく――本当にようやく、朔が嫁を迎えることができるという慶事にわくわくしつつその顔色の意味を問う。


「すっげえめでたいのに、なんでそんな顔してんだよ」


「…"渡り”を粛正するまではお預けだ、と」


「ぶはっ!お預け…!?そりゃ…まあ…頑張れ」


「無理強いするつもりはないが、どうしてそう身持ちを固くするのか意味が分からない」


「凶姫には凶姫なりの考えがあるんだろ。ゆっくり聞き出せばいいじゃん。考えが変わるかも」


百戦錬磨の指南に素直に頷いた朔は、童の頃よくしていたように雪男の袖を握ってぐっと顔を近付けた。


「まだ誰にも言うな。母様たちにもだぞ」


「了解。あーでも主さまに嫁…!輝夜に絶対帰って来てもらわないとな」


「…こんなことがなくても、俺はいつもそう思ってる」


雪男が朔の頭をぐりぐり撫でた。

昔、よくしていたように。
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