宵の朔に-主さまの気まぐれ-
朔に求婚された――

それを柚葉に言うべきかどうか、凶姫は迷っていた。

口では諦めた風なことを言うが、実際朔と話している柚葉は嬉しそうで、けれど時々はっとするのか急にそっけなくしたりで朔を戸惑わせることがある。


「言わない方が…いいのかしら」


自分たちの友情は何があっても崩れないと確信しているものの、朔に対しての風当たりがいっそう強くなるのはちょっと気が引ける。

朔は柚葉を構う節があり、ちょっともやもやしたりするのだが――求婚されたからには、もうあの男は自分のものになったも同然なのだから。


「柚葉、ちょっといい?」


「あ、姫様。その辺工具が散らばってるので気を付けて下さいね」


部屋に遊びに行くとそう言われて、足の指先に意識を集中しながら柚葉に近付く。

また何かを作っているのか金槌を叩く音がしていて、傍に座るとその何かを手に持たされた。


「これは何なの?」


「これは巾着袋です。金魚の柄の可愛い布地があったので、姫様に似合うなと思って」


「え?私のために作ってくれているの?」


「はい。がま口にしたかったから今金具を入れてる途中なんです。もうちょっとでできますから、お出かけの時に使って下さいね」


――この屋敷から出て行くと言った柚葉。

自分がここに嫁ぐのならば、確かに他の女が居たら周囲の目もあるだろうし、本人も居づらいだろう。

けれど、柚葉が居たからこそ遊郭の厳しくつらい暮らしも頑張ってくれたのだ。


「柚葉…"渡り”がここへ来てもあなたは前みたいに立ちはだかったりしないでね。絶対よ。約束して」


「主さまが居るから大丈夫ですよ」


柚葉と居るとほっとする。

それは朔も同じだったが、凶姫は柚葉の邪魔にならないよう気を付けながら、共に安らいだ時を過ごした。
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