宵の朔に-主さまの気まぐれ-
その日百鬼夜行へ出る前に朔が凶姫の部屋に顔出しに来た。

その時まだ足が萎えていて長時間歩くことのできなかった凶姫は、浴衣を太腿までまくり上げて血行を良くするために手で揉んでいたのだが…


「俺はそういう光景、いつまで我慢すればいいんだろう」


途方に暮れた様子で入り口で襖にもたれ掛かって呟いた朔に凶姫が思わず吹き出した。

いつもは特に百鬼の前で威厳に満ちた感じで話しているくせに、素に戻るとこれだ。


「軽んじているんじゃないでしょうけれど、"渡り”は強敵よ。正直ここに来てほしくないわ」


「俺とお前、両方狙われてるんだ。揃ってればそりゃ手ぐすね引いてやって来るだろうけど…俺としては早く来てほしいんだけど」


きっちり襖を閉めて、そして密かに結界を張って聞き耳も出入りも封じた朔は、隣に座ってすらりと伸びた長い脚を摩っている凶姫の手を取って口元へ持っていくと、口付けをした。


「よ…よしてよね…。あなた今朝私にあんな…あんなことしておいて、まだ何かしようというわけ?」


「あんなことって?ほとんど何もしてないけど」


「え!?ほとんど何もって…あれで!?じょ…冗談でしょ…?」


「お前…遊郭に居たのにあれ位常識じゃないか?」


「常識じゃないわよ!しんっじられないこの女たらし。あれ以上のことは許さないわよ」


「じゃあ、あれ位で我慢しとく。行ってくる」


「行ってらっしゃい」


――送り出してくれる人が居る。

それはもちろん雪男や朧や山姫たちもそうだが、凶姫に送り出されるといつも以上にやる気が満ちてくる。


部屋を出ると、すぐ近くの壁に寄りかかって待っていた雪男がにやりと笑った。


「嫁入り前にあんま悪戯するんじゃないぞ」


「凶姫と同じようなことを言うな」


そろそろ春が終わる。

巡って来る季節を共に生きるために――
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