宵の朔に-主さまの気まぐれ-
冥が単独で急襲した時は朔の結界で全身火傷を負ったが、黄泉と一緒だと違う。

強固な防御結界に身を包まれているため、朔が新たに張り直した結界をいともすんなり無傷ですり抜けて、朔に舌打ちをさせた。


黄泉は大陸でも格の高い部類で、だからこそ同族にも疎まれるし嫉妬される。

本人もそれを熟知しているからこそ馴れ合わないし、それをどうとも思っていなかった。


「俺のものに手を出そうとしているのはお前か…」


「俺のものだと?残念だがそれは違う。何をしに来た」


舌戦に底意地の悪い笑みを浮かべた黄泉は、むしゃくしゃして最近短く切った黒髪を風になびかせながら朔を蔑むように見下ろした。


「もちろん殺しに来たのさ。それと…その女の両腕を貰い受けにな」


凶姫をじっとりした視線で撫でると、身を竦ませて座り込んでしまった凶姫は、守るように身を挺して立っている雪男の着物の裾を掴んだ。


「お願い…殺して…!あいつを!」


「それは主さまがやる。俺はお前を守らなきゃ」


――"渡り”が現れたら、俺より凶姫を守ってくれ。

そう命を受けていた雪男は、それに納得していなかったが主の命には逆らえず、自分の本来の役目を銀に託していた。


「両腕…だと?」


「そうだ。俺のこの可愛い傀儡の右腕を斬ったのはお前だろう?どこへやった?」


「あーあれかー。ばらばらにして猫又に食わせたけどー」


それに答えたのは朔の後方に控えていた白雷で、同じく氷輪も氷のように冷たい微笑を浮かべて父の雪男とほぼ同じ『花鳥風月』という鞘を持たない刀を顕現させていた。


「ではもうあの女の両腕を頂くしかないな。まずはお前を殺してからだ!」


黄泉が強く宙を蹴って朔に肉薄する。

冥は上空に留まり、ただ一点をじっと見つめていた。


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