宵の朔に-主さまの気まぐれ-
その男――輝夜は、黄泉たちが使っているものとは違う次元の穴からゆっくり姿を現した。

止めを刺さんと黒刀を振り上げていた黄泉は、その異質で異端で感じたことのない違和感に身体が反射的に後方に飛び退り、鬼灯の提灯を手に現れた男が微笑みを湛えている様に背筋が凍った。


「な…何者だ貴様…!」


「あなたがこんな傷を負うだなんて…兄さん、油断しましたね」


倒れ込もうとした朔の身体を支えた雪男は、朔が待って待って――待ち続けた弟の帰還に目を輝かせたものの、朔の出血がひどくまた患部もどす黒く腫れていて、歯を食いしばった。


「これは…まずいぞ…!輝夜、どうすれば…!」


「私が手当てをしましょう。そこのお前…私の兄さんをよくも傷つけてくれましたね」


「…!」


長い黒髪をひとつに束ねた細身の男だ。

湛えている笑みはただただ中性的で美しく、腰に提げられている太刀と大きな手で男と分かるが、目を合わせるのも恐ろしいほどの殺気を漂わせていた。


「今…どこから現れた…?お前は同朋ではないな」


「私はこの国の者であり、違う者でもあります。さあ、来なさい。お前のその命、二度と転生できぬよう粉々にしてあげましょう」


「月!?月、何があったの!?」


漂う血臭と騒然とする雪男たちに凶姫が悲鳴のような声を上げると、輝夜の眉が上がった。

肩越しにちらりと振り返ったその隙に黄泉は作り出した次元の穴に飛び込んでその場から脱出すると、肩で息をついた輝夜は鬼灯の提灯を地面に置いて、膝をついて朔の患部を見た。


「ああこれはひどい。雪男、兄さんをすぐ部屋へ」


「分かった!」


「あ、あの…」


おずおずと声をかけたのは柚葉だ。

どこからともなく現れた息を呑むほど美しい中性的な男にがくがくする足をなんとか叱咤しながら近づく。

輝夜は立ち上がってにこりと笑った。


目が合う。

慈愛に満ちたその眼差しに柚葉は見惚れて、言葉を失った。
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