宵の朔に-主さまの気まぐれ-
朔が慌ただしく客間のひとつに運び込まれる中、事情が何一つ飲み込めていない凶姫は、立ち尽くしている柚葉の手を強く握って揺さぶった。


「柚葉?何が…何があったの!?」


「主さまが…主さまが刺されました…」


「え…!?大丈夫なの…!?」


――凶姫が悲鳴を上げたことで朔の動きが一瞬止まり、それが原因となったこと――さすがにそれを言い出すことができなかった柚葉は、輝夜という男が雪男たちと共に屋敷へ入っていくのを凶姫の手を引っ張って追いかけながら鼻声で首を振った。


「分かりません…。でも深手を負っています。ですが…知らない男の方が急に現れて…」


後を追いかけると、客間に寝かされた朔の枕元に座っている輝夜に今度こそは、と近寄った柚葉が問いかけた。


「あなたが…主さまが仰っていた弟さん…?」


「弟は大勢居ますが、兄さんのひとつ下の弟といえば私になりますね」


「月が会いたがっていた弟さん…?」


朔が刺されたと聞いて青ざめた表情で出入り口で座り込んでいた凶姫が呟くと、輝夜は苦笑して変色している傷口に手を翳した。


「色々事情がありまして。兄さん…遅くなりましたが、戻って来ましたよ」


男というにはあまりにも中性的で疑ってしまうが――緩んだ胸元から覗いているのは引き締まった胸板。

翳している手も大きく、混乱する柚葉だったが、銀も雪男も朧も輝夜が戻って来たことを嬉しく思いつつ朔の容態をしきりに問うていた。


「輝夜、主さまは大丈夫か?」


「輝夜兄様…」


「そうですね…こうなることはおおよそ決まっていたので、用意はしてきましたよ。…朧、待たせてしまってすまなかったね」


「いいえ…今お会いできたのでそれはもう」


目を白黒させる柚葉と凶姫だったが、"こうなることはおおよそ決まっていた”という言葉に首を傾げた。


この男は、何かが違う。

確信を持って、成り行きを見つめ続けた。
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