宵の朔に-主さまの気まぐれ-
遅れてやって来た焔の焦燥は激しく、部屋に入るなり輝夜の隣に座って青ざめている朔の顔を覗き込んだ。
「鬼灯様…!主さまは…主さまは…!」
「落ち着きなさい。私が来たからには大丈夫ですよ」
――鬼灯。
輝夜と鬼灯というふたつの名を持つ男。
どちらが真名なのか――うかつに真名を口にすれば殺されることもあるため、柚葉は慎重にその名を呼んだ。
「あの…鬼灯…様…」
「はい、なんでしょう」
応えた。
ということは真名が輝夜――その名を絶対口にしてはならないと固く心に誓いながら、柚葉は凶姫と共に朔が死んでしまうかもしれないという恐怖に怯えながら、ごくりと喉を鳴らした。
「主さまは…助かりますか?」
「ええもちろん。この世ならざる治癒力を秘めた水を持参しましたから、これを飲めば兄さんが死ぬことはないでしょう。兄さん、少しでいいから口を開けて」
輝夜が軽く朔の頬を叩くとわずかに目が開き、竹筒に入った水を少し含ませると、ふうと小さく息を吐いた。
そしてまた目を閉じて眠ってしまうと、輝夜はずっと朔の腹の傷口にあてていた手を退けて、どす黒く腫れていた患部の色が徐々に薄くなっているのを見てふわりと笑った。
「ああやっぱりよく効くなあ。感謝いたします」
「…?」
一体何に感謝したのか?
訳が分からず動揺するふたりをよそに、朧が輝夜に駆け寄ってその腕に抱き着いて涙ぐんだ。
「輝夜兄様!お会いしたかったんです!本当に!」
「私もですよ、可愛い妹よ。そこに居るのが長子の氷輪ですね?さあ、こちらへおいで」
出入り口で白雷と部屋の様子を覗き込んでいた氷輪が珍しく頬を赤らめて輝夜に近付いてゆく。
氷輪はもう立派な男だが、輝夜は童にするようにして頭を優しく撫でて、頬を撫でた。
「お前が生まれる頃に戻ると約束したのですが、遅れてすみませんでした。何せ兄さんが本気で私を呼ばないから」
本気で呼ばない?
ますます訳が分からず戸惑う柚葉に輝夜が笑いかけた。
訳もなくどきりとして、目を逸らした。
「鬼灯様…!主さまは…主さまは…!」
「落ち着きなさい。私が来たからには大丈夫ですよ」
――鬼灯。
輝夜と鬼灯というふたつの名を持つ男。
どちらが真名なのか――うかつに真名を口にすれば殺されることもあるため、柚葉は慎重にその名を呼んだ。
「あの…鬼灯…様…」
「はい、なんでしょう」
応えた。
ということは真名が輝夜――その名を絶対口にしてはならないと固く心に誓いながら、柚葉は凶姫と共に朔が死んでしまうかもしれないという恐怖に怯えながら、ごくりと喉を鳴らした。
「主さまは…助かりますか?」
「ええもちろん。この世ならざる治癒力を秘めた水を持参しましたから、これを飲めば兄さんが死ぬことはないでしょう。兄さん、少しでいいから口を開けて」
輝夜が軽く朔の頬を叩くとわずかに目が開き、竹筒に入った水を少し含ませると、ふうと小さく息を吐いた。
そしてまた目を閉じて眠ってしまうと、輝夜はずっと朔の腹の傷口にあてていた手を退けて、どす黒く腫れていた患部の色が徐々に薄くなっているのを見てふわりと笑った。
「ああやっぱりよく効くなあ。感謝いたします」
「…?」
一体何に感謝したのか?
訳が分からず動揺するふたりをよそに、朧が輝夜に駆け寄ってその腕に抱き着いて涙ぐんだ。
「輝夜兄様!お会いしたかったんです!本当に!」
「私もですよ、可愛い妹よ。そこに居るのが長子の氷輪ですね?さあ、こちらへおいで」
出入り口で白雷と部屋の様子を覗き込んでいた氷輪が珍しく頬を赤らめて輝夜に近付いてゆく。
氷輪はもう立派な男だが、輝夜は童にするようにして頭を優しく撫でて、頬を撫でた。
「お前が生まれる頃に戻ると約束したのですが、遅れてすみませんでした。何せ兄さんが本気で私を呼ばないから」
本気で呼ばない?
ますます訳が分からず戸惑う柚葉に輝夜が笑いかけた。
訳もなくどきりとして、目を逸らした。