宵の朔に-主さまの気まぐれ-
徐々に顔色が戻って来た朔に凶姫が恐る恐る近付く。

柚葉は部屋の片隅から動かず、ふたりの邪魔にならないように控えていた。


「月…月…こんなに手が冷たくなって…」


朔の手を握ると手は氷のように冷たくなっていて、何度もその手を摩って温めた。

輝夜はそんな凶姫を穴が開くほど見つめていて、さすがにその視線に気付いた凶姫は顔を上げてどぎまぎした。


「あ、あの…?」


「ああいえ、失礼しました。きれいな方だなと思って」


「!」


輝夜の声は少し低めだがやわらかく、物腰やわらかな男だと分かる。

容姿を褒められることには比較的慣れてはいたが――この朔の弟もきっと恐ろしくきれいな男なのだろうと想像しながら俯いた。


「あ、ありがとうございます…」


「今夜は私がついていますからご心配なく。目が覚めそうになったら声をかけます」


「はい。月をよろしくお願いします」


朔のことを月と呼ぶ凶姫に輝夜がくすりと笑った。


「月…何故兄さんをそう呼んでいるのですか?」


「出会った時に私が勝手につけたんです。でも真名が本当に月に由来するものだなんて知らなくて…」


「そうですか。私たちの一族は皆月に由来する真名なんですよ。さあ、もう行きなさい」


柚葉が凶姫の手を引いて立ち上がらせて一礼すると、部屋から出て行った。

輝夜はそれを見送って襖が閉まると、朔に顔を寄せて笑った。


「兄さん…彼女なんですね?やはりあなたの未来はそうなのですね」


他者の未来は見えるが、自分の未来だけは見えない。

己が何故ここへ戻って来たのか――それは朔が心から自分を呼んだから。


「私の願いはもうすぐ叶うのでしょうか」


欠けているものを取り戻すことができるのか?
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