宵の朔に-主さまの気まぐれ-
夢現に、どこかの花畑を歩いていた。

ここはどこなのだろうかと思いながらも頭の中がぼんやりしていて、遠くに川が見えて向こう岸で手を振っている人々の姿も見えた。


「あれは…」


無性にあちら側に渡ってみたくなってふらふら進んでいると――背後から静かに声をかけてくる者が在った。


「あちらへ行くにはまだ早いんじゃないですか?」


「お前は………輝夜?」


「私の名が分かるのならば大丈夫。兄さん、まだ戻れます。一緒に戻りましょう」


「どこへ?」


「あなたの愛する者たちが居る所へ。あなたはまだあちらへ行くべきではないのです。私を信じてくれますか?」


「もちろん」


――会いたいと思いつつも、それを願ってはならない弟が会いに来てくれた――

手を差し伸べた輝夜の手を握った。

静かに微笑んでいる弟の全身からまばゆい光が溢れて強く目を閉じた。

そして光が収まった頃、そろりと目を開けると…


「ああ、戻って来れましたね。兄さん」


「かぐ、や…」


「まだ痛むでしょうから無理はしないで下さい。私が分かりますか?」


朔はぼんやりしながらも輝夜に手を伸ばした。

温かい手でその手を握られて心からほっとした朔は、久しぶりに会った弟に弱弱しく笑いかけて深い息をついた。


「戻って来るのが遅いぞ…」


「それは兄さんが私を心から呼ばなかったからですよ」


「…だってお前にはやらなければならない使命があるじゃないか。俺はお前の邪魔にはなりたくなかったんだ」


「邪魔だなんて思ったことはありませんよ、兄さん。でも間に合って良かった。兄さんの道が逸れそうになって焦りました。私は…兄さんに呼ばれて戻って来ました。だから兄さんが正しい道に戻れるまで傍に居ます」


「…ずっと…傍に…居て……くれ…」


すう、とまた眠りに落ちてしまった朔に微笑みかけた輝夜は、部屋の外でことりと物音がして朔から離れて襖を開けると――廊下で肩を寄せ合って眠っている凶姫と柚葉を見てまた笑みを深くした。


「兄さんは罪な男ですねえ」


一旦部屋に戻って掛け毛布を手に廊下に戻り、ふたりの身体に巻き付けてその寝顔をしばらく見つめた。


「また未来が絡まりそうだなあ」


のほほんとした口調にひっ迫感はなく、また部屋に戻って朝まで朔の傍で容態を見守っていた。

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