宵の朔に-主さまの気まぐれ-
潭月と周の元に戻った時はすでに集められた姫君たちは帰っていて、少し翳りのある朔の表情に周が扇子をひらひらさせて呼び寄せた。


「何じゃ、悩みごとでもあるのか」


「お祖母様、そこで柚葉に会いましたが」


周は扇いでいた扇子を下ろし、吊った目をすうっと閉じた。


「そうか。あの娘は家が不幸なことになってな。そこの遊郭に売られたのじゃ」


「…遊郭?今…遊郭と言いましたか?」


――朔の黒瞳がぎらりと光った。

それは朔の逆鱗に触れる一歩手前の現象なため、雪男が慌てて割って入ると身を乗り出そうとする朔の胸を押して止まらせた。

だが表情は一向にぎらつきが収まらず、静かにそれを見ていた潭月が口を開く。


「柚葉の家の家業を継いでいた長男が事業に失敗して莫大な借金を残して蒸発してな。両親は離縁し、一家離散。親戚連中から借金を試みるも門前払い。柚葉は結果独りになってしまった。借金のかたにと遊郭に売られたが、あの娘が繕う着物がたいそう人気らしく、今のところは客を取らずに済んでいるそうだ」


遊郭に売られ、いつ客を取らされるか分からない身――

あまりにもそれはつらかっただろう。

名家の姫として何不自由なく育っただろうに、本人があずかり知らぬところで災難に見舞われ、毎日泣いて過ごしていたかもしれない。


「…何故俺に知らせなかったんですか」


「柚葉がそれを断ったからだ。お前には知らせるな、と言われた。俺と周は救ってやろうと手を伸ばしたんだがな。“私は主さまの嫁でも何でもないのだから結構です”と言われてな」


朔がとても深い息を吐いた。

冷静さを取り戻そうと努めていることを察した雪男は、朔に小さく声をかけた。


「主さま、帰ろう」


「今でも救ってやれますか。間に合うと思いますか?」


「柚葉は遊女として生きていく道しかないのだという覚悟を決めている。お前は口出ししてやるな」


「…失礼します」


――宿屋を出ながらふと思い至った。


では、凶姫も遊郭に――?
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