宵の朔に-主さまの気まぐれ-
「…朔、お前何故油断した?やれん相手ではなかったと雪男から聞いたが」


「…まあ単純に一瞬気が削がれたんです。次は必ずやります」


その場に居た柚葉はつぶさに事情が分かっていたが――凶姫が自身が原因であることを知ってしまうときっと気に病んでしまう。

だから黙っていると、朔が静かに声をかけてきた。


「柚葉…怪我はないか?」


「私は全然…。朧さんが守ってくれましたから」


「ありがとう」


唐突に感謝の言葉を囁いた朔。

柚葉はそれをすぐに理解した。

‟凶姫に真実を言わずにいてくれてありがとう”――朔は暗にそう言っているのだと。


「…」


「凶姫…あの‟渡り”は言葉でお前を汚そうとした。俺はああいう男が大嫌いなんだ。次は必ず殺すから、その時は…できればその場には居ないでくれ」


「でも私は…」


「頼む」


「…分かったわ。全て終わったら…会いに来て」


「ん」


――息吹たちが気を利かせて席を立とうとした時、柚葉もそれに続いて立ち上がった。

ふたりの邪魔をしたくないし、ふたりが…見つめ合っている姿もできれば見たくはない。

盲目とはいえ相手が居る位置などは気の流れで読むことができるため、傍から見れば見つめ合っているようにしか見えない。


「柚葉、どこへ行く?ここに…」


「いえ、安心したので私は少し外の空気を吸って来ます」


名残惜しそうにしている朔の視線を振り切って息吹たちと部屋を出ると、息吹がそっと肩を抱いてきた。


「柚葉ちゃん…いいの?」


「ふふ、私の心なんてお見通しなんですね」


「何となくね。朔ちゃんはかっこいいから仕方ないよね。私もどきっとすることがあるもん」


「…息吹」


嫉妬心の強い夫から咎められて舌を出した息吹が手を振って居間の方へ移動すると、柚葉は自室に下がってすとんと座った。


「主さまが無事で本当に良かった…。後は姫様にお任せしよう…」


「おや?ここはあなたの部屋なんですね」


「え!?」


驚いて振り返ると――腰まで届く長い髪が濡れたままの輝夜がにっこり笑って出入り口に立っていた。

襖を閉めるのを忘れていたのか、と絶句しているうちにすっと部屋に入られて、さらに困惑。


「あ、あの、散らかってるので…」


「可愛い小物が沢山ありますね。あなたが作ったんですか?」


…どうにも話を聞いてくれそうにない。

片目は長い前髪で隠れているとはいえ目を合わすことができない柚葉は、およそ女子の部屋ではない散らかり様に顔を赤くしながら頷いた。
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