宵の朔に-主さまの気まぐれ-
「柚葉…遅いわね」


「輝夜も遅い…」


待てど暮らせどふたりが戻って来る気配はなく、少し気が弱っている朔は心細そうに目を閉じた。

母性本能をくすぐられた凶姫がそっと朔の手を握ると、やわらかく握り返すその手をさすって顔を近付けた。


「ねえ月。弟さんすごく雰囲気の良い方ね。どこに行っていたの?」


「俺にも分からない」


「話し方もなんていうか…洗練されているというか…素敵よね。きっと容姿も素敵なんでしょうね」


「…」


「ねえ、弟さんはまだお嫁さんを貰ってないの?どんな顔をしているの?ああ目が見えていたら良かったのに」


「……」


すっかり黙り込んでしまった朔に気付いた凶姫が手を揺らして首を傾げた。


「月?」


「…さっきから輝夜のことを訊ねてばかりだけど」


「だって気になるじゃない。あなたがあんなに心待ちにしていた弟さんでしょう?私まだ全然お話できてないけれど、話しかけても大丈夫なのかしら」


「…ちょっと来て」


「え?きゃ…っ」


大怪我をしているのに強い力で手を引かれて布団の中に引きずり込まれた凶姫は、朔に抱きしめられて動転しながら顔を押した。


「何よ、何するのよ!」


「寒いんだ。俺を温めて」


大量に血を失っているため極端に体温が下がっているのは手を握った時に分かっていた。

温石では間に合わないほど冷たいその身体に言葉を詰まらせた凶姫は朔の好きなようにさせようと思ってじっとしていると――耳元でひそりと囁かれた。


「うちの家系は溺愛体質の者が多いと話をしたのを覚えてる?」


「え、ええ…それが…何よ…」


「ということは、嫉妬心も強いということだ。父は特にそうだな、今でも母に近付く男全てに容赦なく嫉妬して母に煙たがられることも多い」


「へ、へえ…」


「俺は父様の子だからもちろんその性質も受け継いでいる。…あまり輝夜の話ばかり訊かれるとあいつを嫌いになってしまいそうだ」


――もちろん嘘なわけだが嫉妬心をくすぐられているのは確かだ。

朔の駆け引きにまんまと引っかかってしまった凶姫は、頬を赤らめながら小さな声で謝った。


「ごめんなさい…興味があるだけだから。好きとかそういうのじゃなくて」


「分かってる。ちなみにそれを脱いで直接肌と肌をくっつけた方があったまるんだけど」


「!駄目よ!」


また‟駄目”と言われてくすくす。

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