宵の朔に-主さまの気まぐれ-
「できた!姫様に見せに行こうかな」


凶姫のために作っていた巾着袋が完成すると、それを見せたくなって柚葉が立ち上がった。

だが輝夜は座ったままで、欠伸をしながら陽の差す庭を眺めてのんびりと声をかけた。


「もう少し後にしませんか?」


「え?でも今見せたいから…私ひとりで行ってきます。手伝って下さってありがとうございました」


「そうですか。じゃあ私も行きましょう」


驚く柚葉の脇をするりと抜けて歩き出すと、慌てて柚葉もついて行った。

さっきは行きたくない風だったのに…と思ったが、この男――考えていることが全く読めない。


「本当に入ります?」


「え…駄目なんですか?」


「いいえ、私は別に。あなたがつらくなるんじゃないかと」


「?入りますね」


朔の居る客間の部屋の前でちょっとした押し問答をした後柚葉が襖を開けると――朔が寝ている隣で凶姫もすやすやと寝ていた。

ふたりとも熟睡しているのか起きる気配はなく、もやもやした嫌な気分が競り上がってきた柚葉は、無意識に一歩後退して背後に居た輝夜にぶつかった。


「!ごめん…なさい…」


「ほら、来ない方が良かったでしょう?」


見上げるとやわらかな眼差しが返ってきて、じわりと目じりに涙が浮かんだ柚葉は、はにかんで唇を震わせた。


「あなたには分かっていたんですか?」


「さあどうでしょうか。なんとなくですが、こうなるんじゃないかなと思っていました」


この人には先見の明がある――

およそ予想し得ないことを言い当てたりする者が居ることは知っているが、まさか輝夜が?


「私…どうしたらいいんだろ…」


「結論を急ぐ必要はありませんよ。あなたに必要なこと、必要なもの…ひとつひとつ選んでいけばいいのです。相談ならいつでも乗りますからね」


「優しいんですね…」


「そう見えますか?意外とそうでもありませんよ」


凶姫にして見せたようにぱちんと片目を閉じて色気を振りまいてきた輝夜に笑みを誘われた。


見たくはなかった光景を見てしまったもやもやは薄れて、霧が晴れたような気持ちになれた。
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