宵の朔に-主さまの気まぐれ-
物音で目が覚めた凶姫は、つい一緒に寝てしまったことに驚きを隠せないでいた。

常日頃から‟渡り”のあの男に襲われはしないかと警戒しているため熟睡したことがない。

こんなに安心していられるのは――朔のおかげなのだ。


「私ったら月は怪我してるのに…」


床から出ようとしてそっと起き上がろうとしたが、その手を朔が温かい手で握ってきた。

さっきまでは冷え切っていた手が温かくなっていてほっとした凶姫は、横向きになって朔の方を見ると、頬に触れた。


「少し温もったみたいね」


「ああ。お前のおかげだ」


「ちょっと。私を温石代わりにしないでよね」


ふっと笑った気配と、つらそうに息をついた気配。

自分がここに来てしまったために朔に本来不要の戦いをさせてしまっていることは、本当に後悔していた。

それと同時に、この男と出会えたことで…もう一生縁がないと思っていた想いとも、向き合えた。


「ねえ月、ひとつ聞いてもいいかしら」


「何を?」


「あ、あの…どうして…その…」


口ごもり、もじもじする凶姫の頬を、耳たぶを、朔の手がゆっくりなぞる。

ぞくっとしながらも、それは一番訊いてみたかった問いなため、顔を真っ赤にしながらも頑張って問うた。


「あの…あなたは何故…その…私を選んだ…の…?」


沈黙が流れて慌てた凶姫が言い訳をしようとあわあわしていると、朔は緩く編んだ凶姫の三つ編みを撫でて笑った。


「出会った時にひとり舞っていたお前を見て、はじめて女に見惚れた。話しているうちに触りたくなって、会いたいと思うようになったのもはじめてだった。抱きたい、と思ったのもかなり早い段階だったな」


「そ、そう…」


「つんとしているように見えて実は可愛いし、素直だ。つらい目に遭ったのに芯が強くて現状を打破したいという強い心情に惹かれた。…こんなところでいいか?」


「もう、もうその辺でどうか…」


褒められまくって照れに照れた凶姫が両手で顔を覆うと、朔は髪紐を解いて長く艶やかな髪を指に絡ませてにっこり笑った。


「じゃあ次は俺を褒めてもらおうかな」


「えっ?」


「ほら、早く」


ぐいぐい迫ってくる朔に凶姫、動転。
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