宵の朔に-主さまの気まぐれ-
一体いつ朔を好きになったのか――?

思えば出会った当初、声をかけられた時…その声色だけでぞくっとしたのを覚えている。

盲目になって以来聴覚が敏感になったため、相手の声色の機微に気付きやすく、特に強い妖は声色ひとつで相手を落とすことがある。

この男は強いのだ、とすぐに思った。

男を愛してはならない――何故ならば、その男は‟渡り”に殺されてしまうから。

男に抱かれてはならない――何故ならば…その男は‟渡り”に殺されてしまうから。


だからこそ最初は警戒していたが…会いに来てくれるうちに、親身になってくれるうちに…‟私を分かってほしい”と思うようになった。

柚葉以外に語ったことのない、あの恐ろしい夜の出来事を、この男に話してみたい。

逃げ出すだろうか?

自分を恐れてもう会いに来てくれなくなるだろうか?


そう迷いながらも話そうと決めた矢先に‟渡り”に再び襲われて、もう生きていたくないと思った業火の中に飛び込んで助けに来てくれた時――縋る、というよりも、もうすでに身も心も委ねていたのだと思う。

だからこそ心眼を使って顔を見たいと思った。


「…私も最初からよ。私の秘密の場所にあなたが現れてからずっと意識してた。でもこんな身も心も汚れた女に近付く酔狂な男だから、飽きたらもう会いに来てくれないと思っていたわ」


「ふうん、見くびられたものだな」


「だってそうでしょ、私は遊郭に居た女なんだもの。お金を払えば誰でも抱ける…そんな卑小な存在だったわ。代償に命を賭けて私を抱いた男が死んでゆく…あなたはその恐ろしさを知らないでしょう?」


「…そうだな」


「あなたにはそうなってほしくなかった…最初は漠然とそう思ったけれど、徐々に絶対に死んでほしくない…だから絶対にこの男には抱かれてはいけない…そう思ったの。でも無駄だったわね、あなたはぐいぐい迫ってきたし、私はそれから逃げられなかった」


「だから俺からは逃げられそうか、って訊いただろ?」


「あなたから逃げられる女なんて居るわけ?こんな女たらし全開の顔をしておきながら?」


「お前こそ。男という男の魂を根こそぎ奪っていきそうな顔してるけど」


互いに今まで何故好きになったのかという話をしていなかったため、そうだったのかと思うとまた心が近付く。


魂が。
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