宵の朔に-主さまの気まぐれ-
朔が指でしきりに唇に触れてくるが、本人が動く気配はない。

それもこれもまだ激痛を伴う傷口のせいでほぼ動けないからだ。

恥ずかしがりながらも想いを語ってくれた凶姫の唇を奪いたかったがそれも適わず焦れていると――凶姫の方から唇を重ねてきて思わず身を引いてしまった。


「!」


「な、何よ…女からこういうことしてくるのは偏見があるわけ?」


「いや…単純に驚いただけ。もっと」


「言っておくけど…怪我人にこんなことしてるなんて誰にも言わないで」


「分かった。だからもっと」


…傍から見ると、完全に凶姫が朔を襲っているような光景になっていた。

腹の傷口に触れないよう細心の注意を払いながら朔に覆い被さり、唇を重ねる。

身体はほぼ動かせないが、朔の攻めはやはりとろけるような極上の口付けで、凶姫が吐息を漏らす度に攻めはさらに強いものへとなってゆく。


「も、やめて…月…」


「やめてって言ったって…そっちから始めたんじゃないか」


「そ、そうだけど…あなたの口付け、ちょっとおかしいわよ異常よ…!口付けだけでこんな…こんな…」


「じゃあ…実際俺に抱かれた時はもっといい反応してくれるってことだな」


唇が重なる音と吐息――‟渡り”との決着がついた折には朔に抱かれるという約束を交わしたものの、今ここでそうなっても構わないという欲情が競り上がりながらも、大怪我を負っている朔にそんな負担はさせられない、と身体を離すと、朔がまた凶姫の長い髪を指で梳いた。


「髪を下ろしてるのもそそる。時々でいいから結ばないでいてくれ」


「わ…分かったわ。私もう行くわね」


「ん。輝夜を捜して声をかけてきてくれ」


まだ感触が残る唇を指でなぞりながら凶姫が部屋を出てゆく。


「こんな状態にさせておいて途中でやめて放置とかあいつ…やるな」


ひとり残された朔、ぽつり。
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