宵の朔に-主さまの気まぐれ-
「いやあ兄さん、彼女は本当に美しい方ですねえ」


「凶姫のことか?んん、そうだな。気位が高くて扱いづらい方だろうが、俺はそういうの燃える性質だからな」


「ふふふ」


雑談を交えながら朔の枕元に座った輝夜は、無言で見つめてくる朔を見て苦笑した。


「そんなに見つめられると襲いますよ」


「冗談はさておきお前…どこに行っていた?話せる程度でいいから教えてくれ」


「そうですね…違う世界線の向こう側に居ました。様々な世界には様々な理があり、様々な職に就いている者が居ます。ですが共通しているのは…声にならぬ悲鳴を上げている者が居ること。それが聴こえたならば、私はどこへでも駆け付けて救わなければ」


「お前の救済の旅はまだ終わっていないということだな?鬼灯の色はどうなっている?」


「だいぶ濃くなりましたね。期待せずに過ごしています。ですが面白いことにも沢山出会えます。この前まで私は‟もでる”をやっていたんですよ」


「も…もでる?なんだそれは」


「まあこちら側で言うと、見世物みたいなものです。脱がされたりじろじろ見られたり、いやあ、あれは面白かったなあ」


――言っていることがほぼ分からなかったが、朔は弟のおかしな言動には慣れているため、額に触れてきた温かい手に目を閉じた。


「俺が心底お前を呼んでいないから来なかった、と言ったな。じゃあ俺が何を叫んだか…聴いたな?」


輝夜は朔に似た少し切れ長の目を緩ませて女と見紛う優しい微笑を浮かべた。


「‟もし俺が死んだら輝夜、お前に全てを託す”――そう聴こえた気がしましたが」


「当たりだ。あの時俺は死んだと思った。だから叫んだ。そしたらお前が来た…俺の道が逸れたのは、何が原因だ?」


輝夜がまた無言で微笑む。

未来に関しての話はしてはいけない――これが鉄則であり、これを破ると輝夜は罰を食らうのだ。

何者かによって。


「そうか…話してはいけないことだったな、答えなくていい」


「すみません。ですが私は私の旅がこの件で終わりを告げるのではと思っています。兄さん、‟渡り”の話をしましょうか」


「うん」


――最愛の弟よ。

終わりなき旅の終わりが見えた時、もうどこにも行かないと言ってほしい。

お前だけを、つらい目には遭わせない。
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