宵の朔に-主さまの気まぐれ-
「‟渡り”とは基本的に人の弱い心に付け入る者が多いんです。ですので私は彼らと多く戦ったことがあります」


「だからお前また強くなったんだな。目を見て分かった」


「ですが…兄さんと戦った‟渡り”は少々異質でしたね。人形…いえ、傀儡と一緒でしたし」


顎に手を添えて考えている輝夜をじっと見ていた朔は、事の顛末を語った。

正直言って輝夜にどこまでが見えているのか分からなかったため、かなり詳細に話した。


「当初の目的は凶姫…と言いましたね。彼女だったんですね。ですが兄さんが手を出しそうになったため慌てて現れた、と」


「まあ言葉を選ばずに言うとそういうことになるな」


思わず朔が苦笑すると、輝夜は短刀で林檎の皮を剥きつつ口角を上げて意地悪げに笑った。


「で?まだ抱いてない、と」


「なかなか手強くて、そこまで至ってない。‟渡り”を殺さないと嫌だとか言って…かなり焦らし上手だな。ところでお前はどうなってる?」


「私ですか?妻を娶っているように見えます?」


「見えない。だけど俺が嫁を貰ったら今度は父様と母様の矛先がお前に向くぞ」


「それなりに息抜きはしていますけど、特定の方を作るには根無し草の私ですから難しいですねえ」


「だから早くお前の旅が終わればいいと俺は思ってる。輝夜…‟渡り”はまた来るな?」


器用に兎の形に切った林檎を朔に手渡し、輝夜は皮を剥いていない林檎を齧りつつ頷いた。


「ええ、来るでしょうね。ですが兄さんを斬ったことで肉が腐り落ちて死んでしまったと思っているはずです。ですからまだ時が稼げます。兄さんの傷が完治するまでは大丈夫でしょう」


「そうか。輝夜、手伝ってくれるか?お前のできる範囲でいい」


「ええもちろん。兄さんが歩む道に戻るまで傍に居ますとも」


朔がふわっと笑い、輝夜もまた慈愛の眼差しで朔を見た。


「次、蜜柑が食べたい」


「はいはい」


兄弟ふたり、再会を喜び合いながら戯れた。
< 179 / 551 >

この作品をシェア

pagetop