宵の朔に-主さまの気まぐれ-
焔を護衛に伴って幽玄町に繰り出した凶姫と柚葉は、ふたりの間に流れていた妙な空気が無くなってかなりはしゃいでいた。

手持ちの金はもちろん朔から出ていたため、大きな買い物はせず、もっぱら甘味処で団子を食べたり、可愛い小物を見て回ったりしていたが――護衛の焔がかなり目立つ容姿なため、女たちの視線が刺さって痛い。


「あの、焔さん…もうちょっと離れて歩いてもらえると…」


「私は護衛ですのでそういうわけには。空気と思って下さい」


「そんな目立つ空気が居るわけないじゃない」


ふんと鼻を鳴らした凶姫に焔がいらっとしながら激しく見下ろす。

朔に心酔して敬愛を通り越して愛情を抱いている焔にとって、この凶姫という存在がいかに邪魔であるか――だが主の命には逆らえず、言い返すことも面倒でしない焔がぷいっと顔を逸らす。


「焔さんみたいな耳と尻尾、いいですよね。あんな感じの小物を作れないかな…」


「ちょうどいいじゃない、あのふさふさの毛を分けてもらったら?襟巻とかいいんじゃない?」


「…私の尻尾の毛を毟るおつもりか?女子とは思えぬ発想ですね」


ちくりと嫌味を言われて険悪な雰囲気になると、柚葉がふたりをぴしゃりと叱った。


「喧嘩しない!」


「ご、ごめんなさい柚葉」


「…失礼いたしました」


尻尾が下がった焔と、しゅんとなった凶姫を引き連れて屋敷に戻った柚葉は、縁側に座っている十六夜と息吹に頭を下げて近くに座った。


「息吹さん、しばらくここに居て頂けるんですか?」


「うん、朔ちゃんの代わりに主さ……十六夜さんが百鬼夜行に出るから、その間はね。朔ちゃんの容態も気になるし」


「嬉しい!その…色々教えて頂けますか?主さまや鬼灯様の小さかった頃のお話とか」


「いいよ、じゃあみんなで一緒に寝よっか」


凶姫や朧も含めて黄色い歓声が上がる。

かしましさに耳が痛くなった十六夜だったが、息吹が嬉しそうにしているのを見て少し口角を上げて笑んだ。
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