宵の朔に-主さまの気まぐれ-
雪男は帰り着くと早速行動に出た。

まず口が固く隠密行動が得意な百鬼の烏天狗に大雑把に事情を話し、仲間総出で情報を集めるように連絡をした。

この一週間でどれだけ情報が集まるかーー

遊郭という言葉を聞いて朔が我を失いそうになったのは、柚葉にある一時期本当に癒されたからだ。

…惚れていたかは分からないが、だとすれば去って行った柚葉を全力で探し出すはずだがーー


「お師匠様…兄様が険しい顔してますけど…」


「ああうん、ちょっと色々あってな。主さまと懇意にしてた娘が居てばったり会ったんだ」


その時朔は縁側に寝転んで寝ているように見えたが、付き合いの長い雪男はそれが寝たふりだと分かっていた。

庭を掃きながらそれを見ていると妻の朧が気にして話しかけてきたため事情を話すと、朧は切れ長の美しい目を見開いて雪男の手を握った。


「懇意にって…兄様のいい人なんですか?」


「うーん…少なくとも今まで関わってきた女に比べたら特別かな。だからああして参ってるつてわけ」


朔に特別な女が居たことをはじめて知った朧はずかずか朔に近付いていきなり腹の上に馬乗りになって揺すった。


「うっ。朧?どうしたの」


「兄様、大切な方が居るのなら連れて来て下さい。私、お会いしてみたい」


「あいつめ…」


ぺろっと今日あった出来事を朧に話したことがばれた雪男がそそくさと居なくなると、朔は妹に笑いかけて首を振った。


「ここに女を連れてくると厄介なんだ。嫁候補扱いされるからね」


「今も候補じゃないんですか?」


「今も昔も違う…かな。俺もよく分からない」


的を得ない朔がぼんやりしているのはとても珍しいこと。

朧はもう一度強く朔に訴えた。


「兄様に気になる方ができたら必ずここに連れて来て下さいね!」


見極めてやる気満々で鼻息荒くまた朔を揺すった。
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