宵の朔に-主さまの気まぐれ-
朔が百鬼夜行に出れないことで先代の十六夜がその間代行することとなり、百鬼の間に流れる緊張感は最大のものとなっていた。

何せ十六夜は愛想が悪く、労いの言葉もほとんどかけない。

孤高の強さでもって彼らを率いていたため雪男のように深く心酔する者も居るが、畏怖を感じる者も居る。

それを和らげたのは――輝夜だった。


「まあまあ皆さん肩の力を抜いて。数日中には兄さんは起き上がれるようになります。お前たちに対してとても済まなく思っていますし、謝罪したいと言っていますよ」


「主さまが…?」


「いや主さまは悪くないぞ、俺たちがもっとちゃんとしていたら…その場に居れば…」


夕暮れ時庭に集結した百鬼の前で御仏のようなやわらかい眼差しで彼らを見ていた輝夜は、肩を竦めて手を振った。


「いえ、あれはどう考えても兄さんの油断でした。ですからお前たちが気に病むことはありません。今はとにかく代行の先代を信じて百鬼夜行を努めて下さい。父様、よろしくお願いいたします」


「…分かった」


皆に一瞥をくれた十六夜が空を駆け上がると、奮起した百鬼たちが揃ってそれについて行く。


「輝ちゃん、ありがとね。十六夜さんは本当に言葉が足りない人なんだから」


「そこが父様のいい所とも言えますからね。さて、久々に母様の手料理を頂きましょうか」


十六夜もまた神経が研ぎ澄まされているため夕食を摂らず出て行き、彼らを見送った後輝夜が居間に目を遣ると――皆の視線が一斉に集まってまた肩を竦めた。


「視線が痛いなあ。なんですか?」


「輝ちゃんが立派だからみんな見惚れちゃってるんだよ。ねっ」


「は、はい…」


並んで座っていた凶姫と柚葉は、耳に心地いい輝夜のやわらかい声に聞き惚れていた。

どんな人生を歩めばあんなに何もかもやわらかい雰囲気を纏えるようになるのか?


「ああそうだ、兄さんに食事を運んで来ますね。あーんしてあげましょう」


ふふふ、と笑いながら輝夜が食事を盆に乗せて居間をいそいそ出て行く。


「ほんっと朔ちゃんが大好きなんだから」


皆の顔に笑みが沸き、輝夜が帰って来てくれて本当に良かった、と感謝して食事を始めた。
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