宵の朔に-主さまの気まぐれ-
翌日凶姫が朔の居る客間に顔を出すと、すでに朔は身体を起こしていた。

だがまだ床から出ることができず、痛むのかつらそうに息をつく声が聞こえて、凶姫は朔の周りをちょろちょろしている子らに声をかけた。


「静かにしていないと駄目よ」


「はあい」


この小さな子たちは雪男と朧の間に生まれた幼子で、微笑ましく思いながら皆が出て行くと、凶姫は朔の傍に座って手にしていた盆を畳に置いた。


「息吹さんがお粥を作ってくれたから持ってきたの。食べれる?」


「食べさせてくれるなら」


「!?起きられるなら自分で食べれるでしょ!?」


「病人には優しくしないと」


ああ言えばこう言う――凶姫は粥を匙で掬うと、朔の口元に持っていったが…緊張して手がぶるぶる震えて言い訳をした。


「誰かに食べさせたことなんてないから…」


「ふうん、じゃあお前の‟はじめて”を頂けるわけだな」


「へ、変な言い方しないで!」


どうしても手が震えて内心叱咤していると、朔が手首をやんわり握って自らの口元に持っていって食べた。


「美味い。もっと」


「月…さっきの小さな子たちは雪男さんたちの子でしょ?みんな可愛かったわ。あのふたり、とても仲が良いのね」


「ん、そうだな。俺の両親もそうだけど、あのふたりも理想の夫婦像と言える。紆余曲折があったから絆はとても深いし」


「そうなの?聞いてみたいわ。それに子沢山でいいわね」


「俺たちもきっと子沢山になる」


ひそりと耳元で囁かれて、さらに息も吹きかけられて身を竦めた凶姫の唇を朔の唇が掠めながら頬に触れた。


「ど…どうしてそう思うの…」


「沢山するから」


「!」


顎に手を添えられて口付けされる、と身構えそうになったが――もう身構える必要もない。

この男がきっと全てを解決してくれるから。

何度も投げ出しそうになったこの人生を変えてくれたから。


「月…」


唇が重なり、舌が絡まり、吐息が漏れる。

ぞくぞくして身体から力が抜けて朔に支えられながらもそれは長い間続き、心から思った。


この男の血を受け継ぐ子が欲しい。


きっとそれはもうすぐだろう。

あの‟渡り”を葬り去るのはきっと、もうすぐ。
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