宵の朔に-主さまの気まぐれ-
輝夜は朔の傍に居ない時、大抵縁側に座って瞑想している。

凶姫もそういう時は声をかけず遠巻きに見ていたが…‟渡り”について知っていると言ったことが気にかかり、少し離れた場所に座ってじっと見つめていた。


「そんな熱視線で見つめられると恥ずかしいのですが」


「!あの、鬼灯さん…少しお話をしても…」


「いいですよ。何のお話をしましょうか」


「‟渡り”について聞いてはいけませんか?」


きっと朔が嫌がるだろうが、あんな目に遭い、そして朔までもが狙われているとあっては放ってはおけない。

輝夜は息吹が作ってくれた団子が乗った皿をずいっと凶姫に差し出して、茶を口に運んだ。


「兄さんには内緒ですよ。…‟渡り”とは本来集団を好まず個々で活動しています。弱っている心に付け入り、ずる賢い方法で闇に陥れて最後には身体も魂も食ってしまう…恐ろしい生き物ですよ」


「…私は何故自分が狙われたのか分かってるんです。私の目は…角度によって赤く見えて、紅玉のようだとよく褒められました。だから…」


「うーん、それだけでしょうか。やはりあなたが美しいから執心しているのでは?私の兄さんのように」


照れて俯く凶姫をちらりと見て微笑んだ輝夜は、庭に目を移して蝉の鳴く声に耳を澄ませた。

そして何の気なしに…言ってのけた。


「ですが、あなたの目がまた見えるようになれば兄さんもきっととても喜ぶでしょう。私も微力ながら尽力いたしますので」


「そうですよね、私の目が見えるようになれ…ば…………えっ!?」


「え?」


茫然としながらも輝夜の袖をがっちり握って離さない凶姫の様子に一瞬たじろいだ輝夜だったが――言ってはいけないことを口走ってしまったことに気付いて天を仰いだ。


「ええと…今のは聞かなかったことに……できませんよね」


「できません!私の目…見えるようになるんですか!?前のように!?」


「ええと…」


「鬼灯さん!教えて!月!月!!」


「ちょっとお花を摘みに…」


「あなた男じゃない!月ー!」


ぐいぐい引っ張られて拉致された輝夜は、廊下を歩きながらため息。


「仕方ないですねえ…」


罰が下るだろうか。

けれど兄が喜んでくれるならば、罰が下ったとしても構わない。

私の幸せは、そんな微々たるもので満たされるのだから。
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