宵の朔に-主さまの気まぐれ-
いつものように百鬼夜行をこなし、いつものように戻って来て毎日のように届く悪事を働く妖の情報が書かれてある文に目を通していた雪男の肩に手を置いた朔は、予想以上に驚かれて飛び退られると吹き出した。


「驚きすぎだろ」


「気配消すなって!お帰り主さま。どうする?もう行くか?」


朔はあくびをしながら雪男の隣に座ると、あらかじめ用意してくれていた茶を一気に飲んで一息ついた。


「考えたんだが」


「ああ」


「柚葉は遊郭に売られた。それは分かった。だが凶姫はどうだ?やはり売られたんだろうか?」


「あー…凶姫のことはまだ調べてないよ。だけどあの格好は白拍子だったろ?白拍子っていやあ…舞うだけじゃないもんな」


「そうか。やっぱりそうなんだな。金を払えば話をしてやると言われた」


「でも遊郭じゃなくて外で会う約束したんだろ?普通は遊郭っていえば外出するのも禁じられてるんだけど。かなりの訳ありだな。調べとくよ」


「うん、頼む」


「でもさあ、一週間それぞれの姫君たちと会いに行かないといけないんだろ?俺そんなにここを離れてられな…」


「あいつが居るだろ。十分任せられる」


「あー、あいつねー」


――朔たちのいうあいつ。

何故か雪男は困った顔になり、朔は笑みを噛み締めて何かを堪えている顔になり、様子を見に来た朧がふたりのやりとりを聞いて頬を膨らませた。


「兄様、お帰りなさい。ねえ、今の話ってもしかして…」


「うん、ただいま。あいつの話?今どこに居るか知ってる?」


「すぐそこに居ますっ」


朔たちが振り返ると――

いつの間にか、縁側にはひとりの男がひっそり座っていた。


「氷輪(ひょうりん)、いつからそこに居たんだよ。声かけろよな」


「俺の悪口かと思って…」


冴え冴えとして凛としたその雰囲気。


雪男と朧の間に生まれた長男の氷輪がひっそりと笑う。


「父さん、ここは俺に任せていいよ」
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