宵の朔に-主さまの気まぐれ-
動かないで、と言われて何度も反論を試みては封じられ、機会をずっと窺っていた。

幼い頃から帝王学を受けてきた朔は『攻勢こそ全て』と教わり、守勢の姿勢はほとんど教わることはなかった。

よって女に対しても悦ばせることは当然であり、女から攻勢されることなど夢にも思わなかったのが現実。

しかもその女が心から惚れた女ともなれば――身に受ける快楽は他の女の足元にも及ばない。


「芙蓉…っ!」


「黙って、いて。今は私があなたを蹂躙しているの。反論は許さないわ」


何度も本能的に身体が動いて起き上がろうとしたが、その度に凶姫から押さえつけられ、外見からは想像できない力強さに朔は歯を食いしばって全てに耐えていた。


何故これほどまでに柚葉の存在を気にして、また自分が凶姫以外の女にすでに目もくれていないことを信じてくれないのか?

思えば確かに柚葉に対する思い入れは執着と呼べるものだが、凶姫に覚える劣情や愛情を感じたことはない。

自分の言葉が足りないのか、何がいけないのか――

朔は必死で考えていたが、脳髄を溶かされそうな快楽に耐えるのが精いっぱいで、荒い息を繰り返していた。


「お前は、恐ろしい女だな…」


「理解して頂けたかしら。あなたが私を妻にと望むのならば、あなたの全ては私のものでなければならない。私の全てはあなたのものでなければならないの」


「俺の全てはもう、お前のものなのに」


「違うわね、あなたはまだ私を理解していない。‟渡り”は恐ろしいけれど、ただ震えて怖がっているだけの女じゃないわ。この手で殺したい…いつもそう願いながら過ごしているわ」


話しながらも髪を解いた凶姫の汗に濡れる身体が視界に入り続け、そして与えられるとろけるような快楽をやりすごすことができず、せつない息を繰り返しながらも朔は凶姫の腰を抱いて引き寄せると、その細い肩に牙を柔らかく食い込ませた。


「駄目よ朔…!今は私が…」


「何度でも言う。俺はお前のものだ、芙蓉…。こうして確かめなくても分かってほしい」


「朔…」


薄暗い部屋を朔の振り切れた感情に呼び出された鬼火が飛び交う。


自分を夢中にさせるために舞う凶姫の強烈な嫉妬心と愛に蝕まれ、今以上に深く凶姫に堕ちてゆく――
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