宵の朔に-主さまの気まぐれ-
「参った…」


遊郭で身に着けた手練手管、表情、仕草――余すことなく朔に向けられた。

全てを賭して朔にぶつけた凶姫は、朔以上に乱れた息をなんとか整えようと大きく深呼吸しながら手探りで脱ぎ捨てた浴衣を探していたが、朔が羽織を着せてやって膝に乗せた。


「お前は恐ろしくて強くて、美しい。そして時に可愛い。これ以上俺を夢中にさせてどうするつもり?」


「私が求めているものは全て手に入れるわ。よそに女を作ればあなたを殺す。私に飽きれば、あなたを殺す。私はそういう女よ」


「激しいな。今日の今日でこんなにお前に乱されるとは思っていなかった。お前のことばかり考えてしまって百鬼夜行がおそろかになったらどうしてくれる」


「朔、あなたはそんな愚帝にはならないわ。私が傍に居てあなたを操って、今以上に強く美しい百鬼夜行の主にしてみせるから」


「操る、ね。ふうん、俺を操れるか?まだ俺の本気を見せてもいないのに」


瞼や頬に雨のような口付けを浴びながら、そういえば朔がまだまだ本調子ではないことを思い出した凶姫は、血の滲む腹の傷にそっと触れて口角を吊り上げて笑った。


「あなたの本気を見せてくれるのを待ってる。その声で、その指でその唇で…私を今以上に夢中にさせてみせて。でないと浮気してやるわよ、例えばあなたの弟と」


「輝夜のことか?あいつは何を考えているか分からないから、もしそうなったら脅威だな。あいつに牽制しとくか」


頷いて身体を預けてきた凶姫の髪や頭を何度も撫でて、凶姫の思い通りになってしまったなと思うと心の底から笑みが沸いてきて、どさりと凶姫を押し倒して驚愕させた。


「な…朔!?」


「次は俺の番。大丈夫、手加減するから」


あわあわする凶姫ににっこり。

負けず嫌いなふたりは互いの想いを受け止めて、寂しい思いは絶対にさせないようにしようと心に誓い、唇を重ねた。
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