宵の朔に-主さまの気まぐれ-
「全く…彼女も猛々しい人だなあ」


部屋に着くなり唐突にそう呟いて右目を隠している長い前髪を耳にかけた輝夜は、あまり人前では晒さない素顔を柚葉に見せて笑いかけた。

一瞬見惚れかけた柚葉はさっとその場に座って畳を叩き、そこに輝夜を座らせて目を合わさないようにしながら話を促した。


「じゃあ話して頂きますから。姫様に語ったこと全て、私に話して下さい」


「いいですよ」


本来助からなかった命…そして奇跡を経て助かった命が今ここに在り、欠けているものを取り戻すための救済の旅に出ていたこと――すべてを輝夜は語った。


…何が欠けているのか、自分自身は知っている。

だからこそ、それを取り戻した時に心の片隅に空いている虚ろな穴を埋めることができた時こそ、本来の自分になれる。

その時一体どう思うのだろうか?

どう、感じるのだろうか?

それを知るために、人々を救済しているのだから。


「そんなことが…鬼灯様、おつらいでしょう?」


「つらいとか感じたことはありませんね。私は人々を救済しておきながら、実は自分のために行っているのですから。そういった点では若干罪悪感を抱いていますし」


「罪悪感なんて抱く必要ありません。だって鬼灯様、あんなに主さまのこと大好きなのにお傍に居られないなんて、本当はおつらいんでしょう?」


「兄さんには兄さんを守るべき多くの強き者が居ますから私ひとり居なくとも…」


「あなたが主さまのお傍に居るのと居ないのでは雲泥の差ですよ。もしお傍に居ることができたならおふたりにとって何よりの幸せ、喜びになるでしょうに」


涙ぐむ柚葉の涙を拭ってやろうにも手拭いを持ち歩く習慣などない輝夜は、着物の袖でちょいちょいと拭ってやりながら呟いた。


「幸せ…ですか」


「そうですよ、幸せです。あなた自身が幸せになろうと思ったことはないんですか?」


考えを巡らせた輝夜は、今までそれについて考えたことがなかったことに小さく笑って頷いた。


「ないです。私はまだ幸せになってはいけないということなのでしょう」


…そんなこと誰が決めたのか?

柚葉の少し困ったように垂れた目が強い光を帯びた。
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