宵の朔に-主さまの気まぐれ-
妙な違和感を拭えなかった柚葉は、少し困った風に微笑んでいる輝夜を質問攻めにした。


「鬼灯様…あなたは人々の幸せを願っているんですよね?」


「ええ」


「ですがご自分の幸せを願ったことはない、と?例えば…誰かを好きになったことは?」


「私はひとつの場所に留まることができないので特定の方を作ったことはありません」


「誰かを…抱きしめたいと思ったことは?」


「…ないですね。‟抱きしめて”と言われれば、そうしますが」


「じゃあ…そ…その…女子を…だ、抱きたいと思ったことは?」


「…ないですね。‟抱いて”と言われれば、そうしますが」


核心に近付いているような気がして口を開きかけると、輝夜は柚葉の唇に人差し指を置いて封じて顔を近付けた。


「私を知ろうと思ってはいけない。私には話せることと話せないことがあります。あなたは今私の心に踏み入ろうとしています。それは…してはいけない」


「鬼灯様…」


すっと指を離した輝夜は、泣きそうな顔をしている柚葉の頭を撫でて肩で息をついた。


「参りましたねえ、あなたは予測のつかないことを言うからどう対処していいのか分かりません」


柚葉はぐすぐすと鼻を啜りながらも相変わらず緩んでいる輝夜の胸元をきっちり締めてやりながら目だけは強い光を放って言い聞かせた。


「幸せになって下さい。鬼灯様がここに居て下さる間ずっとお祈りしていますから」


「ありがとうございます。ではまず小さな幸せを分かち合いませんか?」


「な…なんですか?」


「小腹が空いたので一緒に母様の作ったお饅頭でも食べませんか?」


ぱちんと茶目っ気たっぷりに右目を閉じて愛想を振りまく輝夜に涙も引っ込んで頷いた柚葉にほっとした輝夜は、また柚葉の頭を撫でて笑った。


「本当に不思議な人ですねえ」


「鬼灯様こそ」


ははっと笑った輝夜が明るくて本当に良かったと思った。

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