宵の朔に-主さまの気まぐれ-
皆に知られないよう交互に風呂に入った朔と凶姫が居間に移ると、そこには息吹や輝夜たちが談笑をしていて、その輪に加わった。

柚葉に手を引かれて隣に座った凶姫は鼻をすんと鳴らして首を傾げた。


「時々思っていたんだけれど、鬼灯さんから月の香りがするわ。どうして?兄弟だから?」


「ああそれはですね、兄さんから着物を拝借しているからでしょう。私は自分の持ち物を持たないので」


「輝ちゃん、後で反物屋さんに行って仕立ててもらお」


息吹の提案に輝夜が頷きかけた時――それを柚葉がきっぱりとした口調で断った。


「そんな!お金がもったいないですから私が仕立てます。その方が安上がりですから」


遊郭で働いていた時、少なかったが賃金が支給されていて、少ない賃金の中からやりくりして布などを買って自分や凶姫用に小物を作ったりしていた経験があったため、やりくりには自信がある。


いくら生粋の金持ちといえどもそんな贅沢は目に余り、ぎらぎらした目で輝夜に許可を請うた。


「いいですよね?」


「ええ、ではお願いしましょうか」


「後で採寸させて下さいね」


凶姫と柚葉が縁側に移って雑談を始めると、息吹が鼻息荒く輝夜の袖を握ってくいっと引っ張って注意を引かせた。


「あの、輝ちゃん、もしかして…もしかしてなの?」


「え?一体なんの話ですか母様」


「とうとう輝ちゃんにもお嫁さんが…!?」


「私に?まさか。私は自分の色恋沙汰に興味がないのでそんなのはまだ先の話でしょうね」


自身のことになるとぼんやりする輝夜に何を訊いても無駄なことは分かっていたのだが、息子や娘たちの色恋話が大好きな息吹は今度は朔の腕に抱き着いてきらきらした目で見上げた。


「朔ちゃんはどう思う?」


はははと乾いた笑いで躱そうとする朔だったが息吹にじいっと見つめられ、そんな母に弱い長男が困り果てていると、輝夜がにっこり微笑んだ。


「まずは兄さんが先でしょうね。私は一番最後ということで」


輝夜の色恋話はほとんど聞いたことがなく、またこの別れが苦手な男が人々を救済する度心を痛めながら何度も別れを経験する――人々を救ったとしても自身は救われない…


息吹も朔もそれには心痛に近い思いを抱いていた。

だから早く早く――幸せになってほしいと強く願いながら、微笑んでいる輝夜の頭をぐりぐり撫でた。
< 208 / 551 >

この作品をシェア

pagetop