宵の朔に-主さまの気まぐれ-
朔は聞きしに勝る美しさと強さを兼ね揃えているため、存在自体が甚だしく目立つ。

集落に着いた時もすでに先日訪れていたことは広く知られていたらしく、わざわざ家から出て来て見物する者も現れるほどだ。


だが朔を“主さま”と認識している者は少なく、また雪男が集落を治める老たちに口止めをしていたため、あまり大騒ぎにはなっていない。


「おお朔、よう来たな。今日は西の豪族の姫君じゃ。ゆるりと話すがよい」


「お祖母様、あまり長居はできないのでそこだけは理解して下さい」


「うむ。雪男、そなたは妾の傍に侍るがよい。妾を好きなだけ触るがよいぞ」


「あの…いや、遠慮します…」


雪男が冷や汗をかきながら潭月のにっこり笑顔から目を逸らしていると、朔は別室で待機しているという姫の元に向かう。

昨日ざっと顔は見たし、言葉は交わしていないが“違う”と感じた以上、どれだけ話をしたとしても友人にはなれるかもしれないが、それ以上にはならないだろう。


「お待たせしました。…お祖母様が勝手をして申し訳ない」


「い、いえ…」


扇子で顔をひた隠しにして俯く姫。

大抵はそういった反応をされるし、言葉を交わそうとしても身を竦ませてしまうことが多い。


…その点昨日の凶姫は毅然としていたし、目が見えない分多少声には敏感になっていたが…


「あの…主さま…?」


思い出してはにかんでいた朔の笑みにうっとりした声を上げた姫に我に返った朔は、目の前の姫に集中することが礼儀だと考えて居住まいを正して向かい合った。


「さあ、何を話しますか?趣味とか?」


――朔たちが話を始めた時、触るどころか逆に周からべたべたあちこち触られてその手を掻い潜りながら雪男が尋ねる。


「柚葉が仕えている女が居るらしいですが…知ってます?」


「ああ凶姫じゃな。あの娘に近付く男は皆惨たらしい死を遂げる。じゃがその美しさ故せめて舞いだけは見たいと思う男が遊郭に押し掛ける。あの娘に触れてはならぬ。朔にも重々言うておけ」


「惨たらしい死…」


…嫌な予感がする。

すでに朔は凶姫に興味を持って関わろうとしていたため、雪男は頭を悩ませながら周の手を掻い潜り続けた。
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