宵の朔に-主さまの気まぐれ-
思った通り、大した話はできなかった。
最初は気を使って積極的に話しかけていた朔だったが、何を言っても会話が続かず、だがこそこそ見つめられ続けて辟易すると、席を立った。
「では俺はこれで。楽しいひと時をありがとう」
もちろん本音ではなかったが、笑顔を作ってそう言うと姫がうっとりして会話は終了。
部屋を出て隣室の雪男に声をかけようとしたが周に絡まれ続けてぐったりした顔が見えたため敢えてこっそりその場から離れた朔は、昨日凶姫と柚葉と出会った集落の奥にある泉に向かった。
まだ陽が上ったばかりで居るとは思えず、本を持って来ていた朔が読書をして待とうと泉に着くと――
花々の中に倒れこんでいる凶姫が目に入って駆け寄って抱き起そうと手を伸ばした。
「触らないで」
「ああいや、何かあったのかと思って」
「何もあるわけないでしょ。私に触る男なんて居ないもの」
――昨日とは違って白拍子姿ではなく、淡い黄色いの着物に桃色の羽織姿で倒れ込んだまま顔を上げず朔と話す。
それを別に気にした風でもない朔は頓着なく傍に座ってその意味を問う。
「やたら触れられることを嫌がるけど、どうしてなのか教えてくれ」
「…話せば長くなるから駄目」
「俺は長くなっても構わないんだけどな」
「私が駄目。…月、あなた本を持ってるの?」
墨の匂いを嗅ぎ取った凶姫がすんと鼻を鳴らすと、朔は懐から本を取り出して凶姫の手に持たせた。
「会う約束をしたわけじゃないから、本でも読もうかと思って持ってきた」
「ふうん…。どんな内容?」
「短い話だから読んでやろうか?」
凶姫がむくりと起き上がる。
髪には花が花飾りのようにあちこちについていて、ついそれを手に取ろうとして凶姫が嫌がるだろうと思い返し、手を引っ込める。
「いいわよ、聞いてあげる」
「じゃあ聞いてもらおうか」
少しだけ凶姫が身体を傾けて近寄った。
朔がふっと微笑み、静かに本を開く。
とてもとても静かな時が訪れた。
最初は気を使って積極的に話しかけていた朔だったが、何を言っても会話が続かず、だがこそこそ見つめられ続けて辟易すると、席を立った。
「では俺はこれで。楽しいひと時をありがとう」
もちろん本音ではなかったが、笑顔を作ってそう言うと姫がうっとりして会話は終了。
部屋を出て隣室の雪男に声をかけようとしたが周に絡まれ続けてぐったりした顔が見えたため敢えてこっそりその場から離れた朔は、昨日凶姫と柚葉と出会った集落の奥にある泉に向かった。
まだ陽が上ったばかりで居るとは思えず、本を持って来ていた朔が読書をして待とうと泉に着くと――
花々の中に倒れこんでいる凶姫が目に入って駆け寄って抱き起そうと手を伸ばした。
「触らないで」
「ああいや、何かあったのかと思って」
「何もあるわけないでしょ。私に触る男なんて居ないもの」
――昨日とは違って白拍子姿ではなく、淡い黄色いの着物に桃色の羽織姿で倒れ込んだまま顔を上げず朔と話す。
それを別に気にした風でもない朔は頓着なく傍に座ってその意味を問う。
「やたら触れられることを嫌がるけど、どうしてなのか教えてくれ」
「…話せば長くなるから駄目」
「俺は長くなっても構わないんだけどな」
「私が駄目。…月、あなた本を持ってるの?」
墨の匂いを嗅ぎ取った凶姫がすんと鼻を鳴らすと、朔は懐から本を取り出して凶姫の手に持たせた。
「会う約束をしたわけじゃないから、本でも読もうかと思って持ってきた」
「ふうん…。どんな内容?」
「短い話だから読んでやろうか?」
凶姫がむくりと起き上がる。
髪には花が花飾りのようにあちこちについていて、ついそれを手に取ろうとして凶姫が嫌がるだろうと思い返し、手を引っ込める。
「いいわよ、聞いてあげる」
「じゃあ聞いてもらおうか」
少しだけ凶姫が身体を傾けて近寄った。
朔がふっと微笑み、静かに本を開く。
とてもとても静かな時が訪れた。