宵の朔に-主さまの気まぐれ-
風の唸る音がすぐ目の前で聞こえて一歩足を引いて下がると、刀が眼前を通り過ぎて行った。

いつ目の前まで来たのか――いつ刀を振り上げたのかも見えなかった輝夜は、前髪を数本持っていかれて飛ぶようにもう一歩下がってようやく刀を抜いた。


「速いなあ。実は怪我をしていた間もこっそり鍛錬していたのでは?」


「のんびりしていたぞ。何だろう…身体が軽いな。お前もよく避けた」


「避けるのが精一杯でしたとも。あとそのなまくら、目の前を通り過ぎて行った時‟死ね”って言ってきたんですけど、黙らせてもらえます?」


「おい」


『すまんな、興奮した』


いつもは全貌を隠している長い前髪を耳にかけて、顔の真横で冗談に構えると、朔は正眼に構えて輝夜が攻めてくるのを待ち受けた。

凄腕同士ともなれば、いくら鍛錬と言えど気は抜けない。

そして一手一手で勝負が決めることが多いため、朔も輝夜も攻めあぐねてにらみ合う時間が続いた。


「ねえ柚葉、どうなってるの?」


「鬼灯様が主さまの目を狙うような構えをしてて、主さまが鬼灯様の一手を受ける形になってます。これ…本当に鍛錬でしょうか…?」


彼らの周囲に漂う妖気は凄まじく、争いごとの嫌いな柚葉は身を竦めて目を逸らしたかったが、凶姫は盲目のため柚葉に状況を聞かざるを得ない。

そして輝夜は一瞬目を閉じて瞬間的に気を静めると、身を沈めて疾風の如く朔に向かって駆けると、袈裟斬りに刀を振り下ろした。

だが朔が居た場所には朔は織らず、空を見上げた輝夜は大きく跳躍した朔が刀を振りかぶって舞い降りてくるのが見えて頭上で受け止めると、盛大に火花が飛び散った。


「あ、兄さん、凶姫が‟渡り”に…」


「!?」


はっとして一瞬動きが止まった朔を力ずくで押し出して後退させた輝夜、にっこり。


「嘘です。兄さん、油断は禁物ですよ。また同じ手を食らって死にかけるつもりですか?」


「お前…」


苦笑が滲む。

守りたい者は時に自分にとって不利な立場を生む――だからこそ朔は凶姫を遠ざけて‟渡り”と戦いたいと思っていたが、輝夜はあらゆる状況を想定して朔を試していた。


「こんなの‟渡り”は沢山仕掛けてきますから。私も沢山仕掛けるとしましょう」


いつの間にか頬が切れて伝う血を手の甲で拭いながら、精神面をも鍛錬させようとしていた。
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