宵の朔に-主さまの気まぐれ-
朔が居間に皆を呼び寄せて語った話は、皆をざわつかせた。

それもこれも、‟渡り”と遭遇することは滅多になく、同じ魔性の者とは言え互いの縄張りでは悪事は働かないという暗黙の了解があり、だからこそ会ったり話したりすることはない。

その‟渡り”が朔に刃を向けて傷つけた――絶対無敵の男を瀕死にまで追い込んだと聞かされて動揺しないわけがない。


「で、主さまは大丈夫なのですか?」


「俺はもう全快した。今は‟渡り”がまた現れるまでの間にできる限りのことをやっている。…そんな時にお前たちがここに来たんだから追い返したくもなるだろう」


姫君たちは顔を青くしていたが、海里はひとり澄まし顔でその話を聞いていた。

…というよりも、凶姫の隣にべったり座って離れず、凶姫を困惑させていた。


「出直した方が良いということですかな」


「出直すも何も出直す必要はない。嫁取りの話ならこの状況でできるはずがない、と言っておく。…まあ、命を賭けても俺の傍に居たい、というなら話は別だが」


にこっと笑った朔の笑顔に姫君たちはぽうっとなったが――父親たちは大切な娘をむざむざ危険な目に遭わせることは望んでおらず、父親たちだけでこそこそ話をし始めた。


「というわけで。話がついたら今すぐ帰った方がいいぜ。俺たちも命賭けてやってるんだ。だからお前たちの命の保証はできないからな」


半ば突き放すような言い方をした雪男だったが、それは本音だ。

朔は凶姫を選んでいるわけだし、それに実際問題彼らを守りながら戦うつもりもない。

大切なのは、朔の命だけなのだから。


「話はまとまりそうですね」


「…あれはもう嫁を決めているのか?」


十六夜と縁側に座っていた輝夜はそう問われて肩を竦めた。


「兄さんに訊いてみてはいかがですか」


「…いや、いい。どうせはぐらかされる」


麗しの姫君たちを無表情で見ていた十六夜だったが――むっとした息吹に背中を強めに叩かれて苦笑すると、煙管をくゆらせて暮れてゆく空を見上げた。


「そろそろ孫の顔が見たいものだな。お前はどうなってる?」


「ははは」


乾いた笑みを浮かべた輝夜にまた苦笑。

まだまだ彼らの孫の顔は望めそうになく、まだまだ旅に出れそうもなかったが、それはそれでいいかと思い始めてまた苦笑した。
< 259 / 551 >

この作品をシェア

pagetop