宵の朔に-主さまの気まぐれ-
「主さまの手って大きくてやらしいわよね。あー主さまの子が生みたい」


「なんていうか目つき?流し目?伏し目がちなのが色っぽくて好き。主さまの子が生みたい」


「私は首筋が好物よ。喉仏も素敵だし、あの首に噛みつきたいわ。主さまの子が生みたい」


――誰も居なくなった居間で三人の姫君たちが朔のことを好き放題語っていた現場にばったりかち合ってしまった凶姫は、団子をもぐもぐ頬張りながら鼻で笑った。

朔が女を惹きつけるのはもう仕方ないと思っている。

心眼を使って一度だけしか見ていない顔だが、一度見れば十分なほどに甘く優しげな美貌の持ち主で、いい男なのだと雰囲気で分かってはいたのだが随分驚いたものだ。


強くて美しい男の子を生みたいと思うのは妖の女の本性なため、それについては同感だった。


「…あら凶姫さん居たのね」


「居たけど面白い話してるわね。ここで話すだけじゃなくて本人に言ってみたらどう?あなたたちまともに話もしてないでしょう?」


「話せるわけないじゃない。会話なんてしたら私溶けて死んじゃうかもしれない」


「目が合うだけで動悸がするのにあなたよく平気で主さまと話せるわね」


「そうよどうして主さまに贔屓にされてるの?教えてほしいわ」


朔は柚葉と自分を‟渡り”の魔の手から助け出した、位にしか語っていない。

すでに男と女の関係であることには気付いていないようだが、朔がやたらと話しかけてくるため疑われていることは確かだった。


「月は引っ込み思案の女とは話さないわよ。あなたたちが積極的になって口説いてみたり夜這いをかけてみたりしたらいいんじゃない?」


「え!?そ、そんなはしたないことできないわ!」


そう言いつつも顔を見合わせてまんざらではないという表情の姫君たちをけしかけた凶姫は、傍に座ってまた団子をぱくり。


「できないならもう後は帰るだけね。ご苦労様」


「何よ…あなただって嫁でもないのにこの屋敷に居着いちゃってずるいわ。私たちと一緒に出て行くのが筋でしょ?」


悪意が自分に向けられて肩を竦めた。

それで傷つきはしないがどうしたものかと考えていると――


「女の戦いか?」


背後から声をかけられて凶姫以外一斉に振り返った姫君たちは、にこっと笑った朔に茫然。


そして火蓋は落とされた。
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