宵の朔に-主さまの気まぐれ-
醜い自分を否定することはできない。

朔を心の底から慕っていたし、その想いが叶わずとも想い続けること位許されるだろうと思っていたが、朔がひとりの女を選んだことで奥底に潜んでいた醜い心が芽吹いてしまった。

だが――

救いだと言ってくれた朔は本当に真摯な目をしていて、ああきれいな目だなと思って吸い込まれそうになって、ふふっと笑った。


「姫様は手強いですよ、大丈夫ですか?」


「じゃじゃ馬の扱いには慣れてる。だけど心が折れそうになったらお前が慰めてくれるとすごく助かる」


「私はいずれ出て行きますから、それまでは仕方ないから慰めてあげます」


心に余裕ができて偉そうにそう返すと、朔が心底ほっとしたような和らいだ表情を見せて性懲りもなくどきっとして、涙を拭いながら背筋を正した。


「主さま、お願いがあるんですけど」


「ん、なに?」


「最後でいいから…私を抱きしめてもらえませんか?」


――朔の目が点になり、なんとも浅ましい願いを申し出た柚葉は恥ずかしさのあまり顔を上げることができずにずっと俯いていた。


「いいけど…芙蓉には絶対内緒だぞ。絶対絶対だぞ」


「分かってます。私も姫様には絶対絶対言えませんから」


絶対絶対と何度も言い合って笑うと、朔が両腕を広げてにっこり。


「さあ来い」


女は度胸――

気合を入れて朔の胸に飛び込んだ柚葉は、抱きしめてくれた朔の優しさにまたじわりと涙が浮かんで涙声で諭した。


「もうこうして他の女を抱きしめたりしちゃ駄目ですよ。姫様怒るとものすごく怖いんですから」


「ん、知ってる。柚葉…俺からもお願いがあるんだけど」


「な…なんですか?」


「輝夜のことなんだ」


顔を上げた柚葉は至近距離にある朔の唇に触れそうになって慌てて俯くと、口の中で呟いた。


「鬼灯様…」


笑顔の絶えないあの柔和な人――

何を考えているのか分からないあの男を自分にどうしろというのか?

朔が話し出すのをただじっとして待っていた。
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