宵の朔に-主さまの気まぐれ-
「あいつは根が優しい奴で、小さい頃から不遇の者に心を寄り添わせてよく泣いていた。生まれた時から持っていた力のせいで家を離れなければならず、本人は不満のひとつも言わないが…俺は心配なんだ」


「何を心配しているんですか?」


「別れがとても苦手なんだ。なのに、ひとりを救えばそこからまた次の者の元へ…それを無限に繰り返していて傷ついていないはずがない。なかなか本音を言わない奴だけど、柚葉と話している時の輝夜は少し違うような気がする」


「私…からかわれてばかりですよ?」


――最大のからかいといえば…襲われかけたことだろうか。

今思えば本当に危うい出来事で、唇を奪われて、着物も半分脱がされかけて…


思い出してしまって真っ赤になった柚葉の顔を首を傾げて覗き込んだ朔は、柚葉がもごもご口ごもりながら告白した内容に心底驚いた。


「そういえば私…鬼灯様にその…襲われかけて…」


「え…あいつから?」


「そう…ですけど…?」


「それは珍しい。輝夜は女に求められれば応えるという姿勢を崩さない。自ら女に手を出すことなんてそうそうないはず。柚葉…やっぱりお前は特別なんだな」


朔から香るいい匂いにくらくらして身体を起こして離れた柚葉は、時折輝夜が見せる自問自答する姿を思い浮かべて曖昧に頷いた。


「私が鬼灯様の秘密に気付いたから…じゃないでしょうか」


「俺たちはそれに気付きもしていない。よく分かったな、輝夜もすごく驚いてた」


「よく見てれば分かりますよ。…主さまは私にどうしろと?」


「輝夜に寄り添ってほしい。本来傷つきやすい奴なんだ。まだ旅が続くのならせめて今だけでも安らぎを与えてやってほしい」


「わか…りました。私にできるか分かりませんけど」


「お前なら大丈夫」


朔に太鼓判を押されて嬉しくなってふわりと笑った柚葉は、頭を下げて部屋を出た。


「できるかなあ…私に…」


「何がですか?」


「!?」


部屋を出た途端かけられた声。

その声の主は――
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