宵の朔に-主さまの気まぐれ-
朔の部屋の前の縁側に座っていた輝夜がにっこり笑って振り仰いでくると、柚葉は仕方なく隣に座って横目で様子を窺った。


「どうしてここに居るんですか?」


「兄さんが部屋に結界を張るものだから何か悪さをするのではと思いまして」


「心配…してくれてたんですか?」


「いいえ、面白いことが起きるんじゃないかと思ってわくわくしていました」


がっくり肩を落とした柚葉は、この飄々とした男が傷つきやすいという朔の話に疑問を持ちながらも、軽い気持ちで問うてみた。


「鬼灯様は今まで沢山の人々を救ってきたんですよね。今皆がどうしているか気になりません?」


「気になりませんよ、皆幸せに暮らしていると思いますから」


「幸せになった姿を見届けて去るんですよね?…寂しくありません?」


「……いいえ、私は本来彼らの人生に干渉してはならない存在ですから去るのは必然なんです。急にどうしました?」


逆に輝夜に問われた柚葉は、輝夜が一瞬言葉に詰まったことで朔の言っていることは本当なのだと確信を得て、輝夜の手から団扇を奪い取ると、自らの顔を扇ぎながら空を見上げた。


「別れが必然なんて悲しい。助けられた方は幸せになったかもしれないけど、救ってくれた鬼灯様が居なくなっちゃうのはとても悲しくて寂しかったと思いますよ」


「そう…でしょうか?そんなものですかねえ」


「そうですよ、もし私が同じ立場だったら救うだけ救われてあなたに何もしてやれないなんて歯がゆくて仕方ないです」


――輝夜は考えたこともないことを言った柚葉に苦笑して、団扇を奪われて軽く頭を叩かれた。


「救ったことで私も得るものがありますから歯がゆくならなくていいんですよ」


「私は鬼灯様に沢山沢山救われてきました。私があなたにあげられるもの…ありますか?」


地顔が困り顔という凶姫とは対照的に可愛らしくあどけなく見える柚葉をじっと見つめた輝夜は、声を上げて笑って同じように空を見上げた。


「十分頂いていますよ。驚きという新鮮な感覚を」


未来が見えない女――

だからこそ、離れがたいのだろう。
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