宵の朔に-主さまの気まぐれ-
椿と戦っていると――この人は泣いている、と思った。

心を氷のようにしても内面から滲む憤怒や悲哀…

男のような口調でも――男のように振舞っていても、それには何か事情があると思った。


「師匠。あなたは女でしょう?悲しいことがあるなら話して下さい。あなたの拳には迷いがある」


「!ふ、ざけるな!」


大きく振りかぶった拳をぱしっと受け止めた朔は、関節技を決めて椿を地面に押し付けると、牙を見せて威嚇する椿を静かな目で見つめた。


「言葉の端々に…あなたがもしかして虐げられて生きてきたんじゃないかと感じてました。そんな風に男のように振舞って威嚇して生きてきたんですね?名家の出だと言っていましたが…一体何が?」


「…お前のような若造に話したとしても理解はできないだろう。時間の無駄だ」


「分かりました。じゃあ今日十戦全て俺が勝ったら話してもらいますよ」


「…話をするのも、私を抱くのも、両方欲しいと?」


「そうですね、両方頂きます」


にこっと笑った朔の鳩尾に寝転んだまま膝蹴りを食らわせて悶絶させた椿は、侮蔑した表情でふっと笑った。


「私の闇は誰にも話したことがない。お前などに理解はできないと思うが、やってみるといい。ただし私とて話したくはない。お前を殺すつもりで叩く」


――戦闘技術においてはまだ自分の方が上だ――

様々な技を駆使して朔を攻め続けたが――朔の目は、その椿の技ひとつひとつを見逃さないようにしながら防ぎ続け、即座に技をやり返すようにもなっていた。


椿は必死だった。

話したくない一心で必死になって、朔を攻め続けた。


「お前などに…っ!」


何度もそう繰り返しながら――心で泣き叫びながら、力の限り戦い続けた。
< 339 / 551 >

この作品をシェア

pagetop